襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

友達

 

 

 

あなたの一番大切な友達は誰ですか?

 

幼稚園児に「一番仲いいお友達は?」ってきくと、大抵「〇〇くん。」って

打てば響くように返事が帰ってくる。でも僕たちは年を取るにつれ、

友達と仲間、クラスメイト、同僚、便利な奴がどんどん入り交じっていって、

冒頭の質問に対してさっと返事できなくなってるんじゃないかって思う。

 

中国四書のひとつ、「論語」の最初の一文にも

 

子曰、学而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎

 

子曰(のたまわ)く、学びて時にこれを習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり、遠方より来たる。亦楽しからずや。
人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。

 

とあって、

 

友達が遠くから訪ねてくるってなんて素晴らしいことだろう!

 

って言ってるんだ。

 

2000年前日本では土器作ったり強めの石を作ったりして調子乗ってたときに、

中国でとっくに道徳の基本体系が出来上がっていて、しかも今読んでもなんら遜色のない「学ぶだけでなく、考えなければ」とか、「病気以外で親に心配をかけるな」とか、当たり前ででも難しいような、大切なことを言ってるのがすごいなぁって思って。

 

この学而第一に出てくる「朋」っていうのは、もちろん友達のことなんだけど、

論語における友達っていうのは酒を飲んで「うぇーーい」って出来る相手のことじゃなくて、同じ道を目指して精進を積むことの出来る相手の事を指していたんだ。だから、今の言葉でいうライバルみたいな方がいいのかな。

そういう友達が持てることってすごく尊いって強く思う。

 

だから身の回りを見渡して、つらい時に支えてくれる友達とか、

いつでも気の合う友達って大切に思ってるはずなんだ。

だって居心地がいいからね。そういう友達がいるって豊かだ。

 

でも逆に、自分が何か言ったときに、怖がらずに「それはおかしいんじゃねーの」って楯ついて来たり、あんまり性格が合わなくて一緒にいて居心地悪い、でもあいつはやっぱり凄いって人がいたら、そういう人から逃げずに友達で居てみるっていうのは豊かというより尊いな。

 

自分の道を切り開いてくれるのは、たぶん慰めてくれる友達じゃなくて、激励して、間違いを叩き直してくれる友達なのかもなぁって

思ったりなんかして。

 

 

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