襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

「日本語なら話せます!」

 

英語が大切な時代になったらしい。

英語を話せないとグローバル社会では生き残れないし、

感性も技術も経済も文化も芸術も、世界に置き去りにされてしまう。。らしい。。

 

主婦も学生も社会人もこぞって国内英会話スクールに足を運び、

一生懸命に英語を学んでいる。本物の外国人教師にマンツーマンでついてもらって、

合理的な教材と一人一人にあったプログラムで学習をサポートしてくれる。

 

そういう所が、すごく日本人らしくて僕は好きだ。

実直な勉強姿勢と、「海外には出たくないが英語は学びたい」という仄かな

矛盾を孕んだ発想は、実に日本的だ、と言っているのだ。

 

 

 

 

ヨーロッパ産デザインの家具です、と言われる。

 

...ヨーロッパ産ってだけで「じゃあ高くて仕方がない」と納得してしまう。

 

ハリウッド史上最高の映画が遂に日本上陸する。

 

....ハリウッドはアメリカのどこにあるか知っているだろうか?

 

カンボジアの恵まれない地域に学校を建てよう!

 

....カンボジアの地方とはつまり農村のことだ。子供が学校に通っている間

田畑を耕す親の手伝い・家の留守番・幼子の面倒は誰が見るのか?

 

 

 

 

海外に出るのは不安、でもグローバル化にはついて行きたい。

さらに言えば周りも結構英語を始めたりしていて、

「やっぱり英語やんなきゃなあ」が合言葉。

それがワイらや。

 

 

英語をぺらぺら話すことは強力な武器だ、という風潮が根付いてから何年も経つ。

 

世界の公用語とまで言われる英語を話すことができれば、

いつでもどんなところでも英語で繋がることができる。

 

本当にそうだろうか?

日本の電車で、目の前のばあさん一人に声をかけて席を譲る。

道がわからなくなり、無難な人を探して、勇気を出して道をきく。

これが精一杯なんじゃないのか?

 

今現在日本中を旅して、色んな人に自由に話しかけて仲良くなれるのか。

 

それは、日本人が最も苦手とすることなんじゃないのか?

 

 

 

 

そもそも無理があるのだ。

 

ここは島国で、300年前まで鎖国して、超がつくほどコミュ障だった国だ。

中学校で例えれば休み時間も授業中もずっと机に突っ伏してる根暗なやつみたいなものだ。

それで話しかけたら話しかけたで物を投げつけてきたりする。

 

そういう奴の子孫なのだ。僕も。あなたも。

 

いきなりたかだか300年で、世界中と手を繋いでお喋りするのは荷が重すぎる。

 

 

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僕はこういう絵が苦手だ。手をつないでる暇があったら勉強しろ!!といいたくなる。

どうして世界中の子供たちが地球を中央にして笑っているのか。理解に苦しむ。

市役所のイラストコンクールでもこの系統のイラストはよく見かける。

つまり「とりあえず世界中仲良し」の絵を描いておけば入選しちまうのである。

 

 

それでいて日本の子供たちは道ゆく背の高い白人を指差して「ア!外人外人!」

と指までさして騒いでいる。ひどい矛盾だ。

 

 

もっとポジティブな話をしよう。

 

 

突然だけれど、「おれたち日本語は話せるんだぜ!これって凄いだろ!」

ということについて考えたことはあるだろうか?

僕は自分自身が日本に産まれたことが既にラッキーだと思っている。

それも四季があるとか、温泉があるとか、そういう情緒的な話を抜きにしてだ。

 

 

世界で一番難しい言語。

日本語が自由に操れるということ。

 

「そんなの誰だってできるじゃん」という考えが既に閉鎖的だ。

英語を話せる奴こそ、世界中に掃いて捨てるほどいる。

日本語が使える。それは本当にすごいことだ。これこそが強力な武器だ。

 

 

誤解を恐れず極端な言い方をするけれど、

海外メーカーがものをつくろうとする。

すると、どんな機械・精密部品・アニメ・映像でも、日本に出向いて、

日本人に「うん」と言ってもらわなければ仕事は始まらない。

日本人に日本語で交渉できるスタッフがいない時点で、

その海外メーカーは精密なものをつくることが出来ないのだ。

 

2年や3年日本語を勉強した程度では駄目だ。

中途半端な外人が対応して何とかなる言語じゃないからだ。日本語は。

文化を加味した独特の言い回し。建前や遠慮、謙遜。それらを踏まえて、

尚かつ適切なイントネーションで、日本人と話す。

文章を打つなら何十万という漢字と、ひらがなと、カタカナを組み合わせて文章を打つ。当たり前だが、この当たり前と皆さんが言うことが出来るのは、

この小さな小さな島国の民族だけなのだ。

 

 

英語をやるのは大切なこと。グローバルの波にはとうに飲み込まれている。

でも、その前に、自分が日本語を何不自由なく使える、かなりハンデとして高い位置にいる人間だということについて考えてみてほしい。

 

英語しか話せない人。日本語しか話せない人。

どちらか一つを選べと言われたら、僕は間違いなく日本語を覚える。

なぜなら日本語を後天的に完璧に覚えるのなんて、ほとんど不可能だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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