襟を立てた少年

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ミュウツーの逆襲〜クローン問題〜

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このブログを見ている人たちの中で、「ポケモン」と言って何のことだかわからない人はさすがにいないだろう。しかし、今現在ポケモンが何匹いるのかを知らない人なら多いかもしれない。

 

 

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その数、実に718匹!!

 

最初にポケモンのゲームが発売されたのは1996年。

そのときはまだ151匹だったのだ。

17年の月日がたって、環境も随分変わった。4歳のときにポケモン確かにプレイしていた僕も21になった。今でもポケモンの人気は衰えず、それどころか世界中愛されている。これまでの19作品が世界で1億6000万本も売れているのだ。

ちなみにゲームを含めた関連商品の世界総売上は4兆円。

 

しかし、これだけ長い間愛されていれば、僕のように子供が大人になる。アニメでサトシが冒険を始めてから実に15年が経過しているのだ。

 

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google検索で「サトシ」と検索するとアニメの主人公であるサトシだけがずらっと出てくる。)

 

 

上のポケモンピカチュウこれは誰でもわかる。

ピカチュウは今やミッキーやスヌーピームーミンと肩を並べられるほど有名なキャラクターとなった。

 

 

 

じゃあこれは?

 

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これはミュウツーでした。

ゲームやアニメに縁がなくてもひょっとしたらわかるかもしれない。

これも初期のポケモンだし、最強のポケモンなので子供も大好き。

初の劇場版となる「ミュウツーの逆襲」は国内収益75.4億を記録。

 

 

ミュウツー幻のポケモンの睫毛から人工的につくられた戦闘ポケモン

つまりクローンである。

当時クローン羊の開発が成功して話題を呼んだ時期でもあった中で、

 

「生き物のコピーをヒトがつくる。これは許されることなのだろうか?」

 

と倫理的観点から論議があった時代でもあった。

映画でも「コピー」という表現で本物とコピーのポケモンが争う描写があったりして、子供の頃はわからなかったけど大人になると、とにかく深い深い。

 

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例えば、「病気にかからない丈夫で、しかもおいしい豚」をひたすらコピーし続ける。

僕たちは安定した品質の豚を安価で美味しく食べることができる。素晴らしいことだ。

 

 

 

 

 

 

死んだ人の爪、骨、髪の毛を使って、コピーをつくる。

なるほど、そっくりそのまま生き写しの人が出来上がるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、クローンで人を人工的にコピーしまくって、

病気の人や事故で身体の一部を失った人に移植しまくろう!

 

 

 

 

 

これは倫理的にかなり危ない。クローンでつくられた人間にも人権はあるのだ。

父も母もいない。家も思い出もない。試験管で生まれ、身体が成長すれば腎臓も肺も皮膚も腕も足も、プラモデルみたいにバラバラにされて使われていく。

こんなことが許されるのだろうか?完全に人の道をはずしている。

 

 

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もちろん2013年現在、人クローンをつくることは05年に国連が禁止している。(ヒトクローン禁止宣言)ただ法的拘束力はないので、治療目的の研究には影響はないらしい。

なんだか煮え切らない話だ。

(どこかで必ず人クローンの実験は続いているし、クローンで人は既につくられていると僕は思っている。)

 

 

ヒトクローン胚といって、赤ちゃんになる前の受精卵を活用して必要な内臓や皮膚の細胞を作る技術もあるが、活用された受精卵は赤ちゃんになれないわけで、やはり生命を殺していることに代わりはないという意見がある。(06年に発表されたiPS細胞は患者自身の細胞から分解細胞をつくりだすというもの。)

 

もちろんこれは「どこまでが人で、どこまでは人じゃないのか」という問題にもなりえるし、「受精卵をつかって死にかけの人が助かるんだぞ!」という意見も無視できない。

 

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僕個人の未熟な意見を言うなら、そうやって命の可能性を踏み台にしたところで結局人はいつか死ぬわけで、そう考えると医者にしても何にしても、延命しているに過ぎない。

 

人の死亡率は100%なのだ。いつか必ず死ぬのだ。

 

死ぬのがわかっているから生きることを大切に思える。ヒトクローン細胞の技術が確立されて世間に普及されれば、人は命を軽く見るようになるのではないか?

病気になってもいいや。交通事故にあっても、兵士が地雷を踏んでも、いいや。

 

そういう世の中を想像してみるとぞっとする。

 

 

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ミュウツーは物語の最後、コピーされた仲間達といっしょに「どこか」へ旅立つ。

自分が偽物だとわかっていながら、堂々と生きてゆける世界に旅立ったのだと思う。