襟を立てた少年

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アドリブとは

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「アドリブ」というのは、「ad libitum」(おもむくまま)というラテン語から来ている。

元々演劇に用いられる専門用語で、語源通り、役者が脚本・台本にないような言葉を進行から逸脱して話すということである。

映画で有名なアドリブといえば例えばターミネーターの「I'll be back.」とか、ローマの休日の真実の口のシーンとか、羊たちの沈黙の「hissssssss」とか。

アニメだとスネ夫の「のび太のくせに生意気だ!」とか、悟空の「オッス!おら悟空!」とか、ドラえもんの「僕ドラえもんです」とか、ヤッターマンの「ポチッとな」あたりだろうか。北斗の拳のやられ役が死にながら「金がねぇぇぇぇ!」「おれもだぁぁぁぁ!」っていうアドリブシーンはさすがに笑ってしまったけれど。

 

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思えば日常生活における雑談なんてものは全てアドリブみたいなものだ。その場その場で発想して発言しなければならない。それらを平然と行っている人たちをみると毎度驚いてしまう。僕自身こうやっていちいち文章に起こさないと何も整理できないような人間なので、高校生でもオバちゃんでも矢継ぎ早に言葉をかわしているを見ると「真似できない!」と素直に関心する。

 

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最近は論理をまくしたてるのが流行っているのだろうか。「新撰組!」や「篤姫」、「大奥」ではあんなに穏やかで無駄口をきかない堺雅人が「リーガル・ハイ2」や「半沢直樹」でマシンガン論理を繰り広げていて、実際に人ってこんなに喋れるものなのか?と疑問を感じた。

 

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「沈黙は金、雄弁は銀」という言葉がある通り、言葉とは発しすぎれば信用を失う。日本ではこの考えは気質にでており、それゆえに授業では手を挙げる生徒は珍しく、会議では発言しない人が多い。喋らなければとりあえず失言はないからである。

 

海外では会議で何も発言しないとクビになったりする。「何も発言しない君はいる意味がないよ」ということである。そういわれると至極真っ当な意見だが、日本の会議で同じ事をすれば「でしゃばりやがって」「空気を乱すなよ」と疎まれる事間違いなしだ。

 

 

沈黙する金の時代から、雄弁する銀の時代に日本は移行してるのかもしれない。

日本人が外国語に抵抗を感じてうまく話せるようにならないのは話さないからだ。とにかく幼児のように何でも喋ってみればもっと上達するに違いない。僕が言いたいのは、日本がそういう銀の時代に突入しているこの時に、あなたは雄弁になるか、どうかである。

 

無駄口を叩かず、必要なことを丁寧に話すのも金。雄弁に語り、頭を多いに回転させて言葉を並べるのも銀。大事なのはどちらも頭を使って喋っているという共通点だ。

 

もともと喋らない人に「もっと喋ったら?」と言っても無駄だろうし、饒舌な人に「言葉を抑えろ」なんて言っても結局何も伝わらなくなってしまう。

自分がどちらのタイプなのかを見極め、頭を多いに使って金や銀をめざしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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