襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

雨が好きだ

 

子供の頃から雨が好きだった。「なんだよー雨かよーちぇっ」と言い合うような、いつも外でドッヂボールやサッカーをしている男の子を尻目に「ビバ!雨!」くらいに思っていたほどだ。

 

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僕は昔から背が低く、小学校のときはクラスで常に一番背が低かった。チビで弱っちい感じのやつだったのである。それでも面白いことを考えるのが好きだったのでクラスに対しても全体的に仲が良かった気がする。

軟弱な僕は外で遊ぶのが嫌いで、特にドッヂボールが駄目だった。たまに先生に言われて仕方がなく昼休みを外で過ごさなくちゃいけない時もボールがぶつからないように背をさらに低くしながら校庭を横切っていた。また、体育の授業でもドッヂボールがあって、そうするとチームリーダーを4つくらい選んで、その4人が「自分の欲しいやつ」を名指しでチームに入れていくのである。そうするとどうなるかというと体格が良い強いやつから選ばれていって、弱いやつが最後に残るのである。これがキツかった。

 

 

 

そういうわけで僕はどんなときでも昼休みはインドアの人間だったので、図書室で本を読んだり教室で漫画を書いたり絵を描いたり、新しいゲームを考えたりしていた。

そんな中雨になると、僕は最高にご機嫌だった。必ず外で遊ぶイケイケ組がしょんぼり教室にいる。彼らはインドアの遊びなんて知らなかったのである。それで、インドア遊びの権化とも言える僕はいつも通り他のインドア友達を集めて楽しそうに遊んでいるから「ちょっと混ぜてよ」と入ってきてくれるのである。そういうわけで僕は雨が好きだった。僕が皆にゲームを教えて、皆でそれを遊んでみるのが楽しくて仕方が無かった。

 

 

そうして梅雨がやってきた。毎日雨続きで、外で遊ぶ組でなくともみんなうんざりしていた。僕自身もちょっと鬱蒼としてきて、なぜかというと僕はいつもどこかに傘を忘れる癖があって、そのことで毎日お母さんに怒られていたからだ。「雨さえ降らなければ傘なんて忘れないのに」というのが僕の究極の持論だった。

 

そこで僕はひとつ面白いことを考えた。それは、「折り紙を通貨にする」という、教育的にもかなりスレスレの遊びだったのである。同時に流行ったのが「くじ引き」と言われる、要するに折り紙を払うと箱の中に手をいれて、ひとつ景品がゲットできるというものだった。

 

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・折り紙は基本的に誰でも道具箱に入っている

・小学生は紙幣に慣れてない

・紙幣を扱うことに対する憧れがある。

・くじ引きという使う対象がある

・金銀の折り紙は2枚分の価値

 

など様々な要因があってとにかく流行った。流行りまくった。男子と女子問わず目の色を変えて折り紙を集めるようになり、各々が工夫をして折り紙を儲けようと努力した。

僕は友達数名とともに漫画雑誌を連載していたので、それで収入を得ていた。とはいっても漫画は1点限りだから回し読みになるのだけれど。

 

で、あるとき先生からストップの声がかかった。梅雨の終わりのころだった。ある生徒がお母さんに「学校の七夕イベントで折り紙が必要だから折り紙を買ってほしい」と言い、不審に思った母親が先生に問い合わせてこの事態が発生したのである。

 

そういうわけで折り紙による遊びは終わりになってしまった。当時僕は折り紙を900枚持っていたけれど(ジンバブエハイパーインフレみてえだな)それも没収され親に引き渡された。妹は狂気して折り紙を折りまくっていた。

 

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それでどうなったかと言えば、梅雨も終わり、アウトドア連中は外に出るようになり、僕はまた新しいゲームを考えたり、漫画の締め切りに追われたりしていた。そして僕が子供心に思ったのは「雨はみんなを一カ所に集める効果がある」ということだった。

 

 

今でも雨は好きだ。雨粒がコンクリートの建物の稜線にぶつかって、まるで街をまるごと洗濯機に投げ込んだみたいで美しいと感じるからだ。

 

 

 

 

 

 

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