襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

旅行は不便を楽しまなければならない

 

 

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旅行とは自分が普段生活している圏内から出て、未知の領域に身をゆだねるということである。すなわちそこには自分の予想を超える出来事があることは必定であり、それを楽しむだけの覚悟がなければならない。

 

たとえば僕は今ローマに来ているけれど、生活はとにかく不便の連続だった。チップで思わぬ出費が続くし、トイレの便座は壊れているし流すためのボタンもどこにあるかわからず、っていうかトイレも有料だから入口にいるばあさんに金を渡さないと用も足せない。そういう不便を全て並べ立てて不満を言っていても旅行は始まらない。

突き詰めてしまえば「じゃあ旅行なんて行かなけばよかった!」とならないためには、日常と違うこと、すなわち不便を楽しむだけの準備がなければならない。

 

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ローマに入りてはローマに従え。水を使い続ければボイラーが間に合わなくて温水が冷水になるのも仕方がないし、ツアー初日にJTB添乗員のスーツケースが目の前ですられて二度と帰ってこなくなっても仕方がないことだ。

 

実際に僕はその不便ひとつひとつを楽しんできたつもりだ。さすがに時差だけはしんどかったけれど。

 

これは旅行にだけいえることじゃなくて、たとえば高校生が大学生になった時だって、「高校だったら遅刻しても許してくれたのに!」とか、「レポート一日くらいまてくれたのに!」なんていう不満の連続になりがちだけど、変化を受け入れて楽しむ姿勢を見せることが新生活に対するまず第一歩なのではないかと思う。

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さらに大きな時間の流れで言えば、歳をとることだって変化といえるだろうと思う。年金を払わなくちゃいけなくなったり、水道代を気にするようになったり、あるいは親の面倒を見なくちゃいけなくなったり。自分が老けたりすれば足腰が弱くなったり目が悪くなるかもしれない。

歳をとることなんてバースデイケーキが楽しみでなくなったころから既に良いことではないのかもしれない。でも50になろうが70になろうが、一歳としをとるごとに「ひとつ大人になった」といえるお爺さんお婆さんがいたら素敵じゃないだろうか。

 

変化を楽しむこと

 

不便を楽しむこと

 

3月から4月になってこれからの生活が変わる人も多いと思う。楽しいことはもちろんいっぱい待ってるけど、ある面においては不便なことも増えるし、面倒くさいことだってついてまわるようになる。変化が続けばつかれることだってある。

 

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それでも自分たちは、あなたたちは、この役に立つか立たないかわからないようなこのブログを読むのに時間を費やしているこの瞬間も歳をとり続けているし、身体の細胞は秒単位で変化し続けているのだ。

 

 

イタリアで一番学んだことは、「旅行は不便を楽しむ姿勢がなければ始まらない」ということでした。けっこう「イタリアなのにホテルが~」って文句を言っている人がいたんだけど、本当に便利なのはおうちなのだから、旅行ではそこのルールに従うのが一番楽しいということなのだろう。

 

 

何が言いたいかって言うとイタリア人マジで可愛い

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

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