襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

吉本ばななっぽく桃太郎を書いてみた

 

私が川から流れてくる桃を見つけたのは、良い匂いのする初夏の昼下がりだった。私はいつもみたいに夫の服やら靴下やら靴下やらをどっさり持って川で洗濯するところだった。とりあえず、それは私の日課だったのだ。

 

十年前夫と共に人里離れたこの山奥に越してきた。お家はまるで「となりのトトロ」に出てくるメイとさつきの家のようにボロくて埃っぽくて、そしてどこか懐かしい。

 

「きちんと掃除してやればピカピカになるよ。」とちょっと困ったように笑う夫の顔が私は好きだ。それで二人でみっちり時間をかけて家を掃除して、とりあえず住めるくらいにはなった。とはいえ、すきま風もあるし雨漏りもじゃんじゃんするわで不便という不便を詰め込んだような家だけれど、ここでの暮らしもまた楽しい。

 

夫は優しい。どこか頼りないところがあるけれど、気さくで、誰とでも分け隔てなく接することができる。私は夫のそういう所に惹かれてとうとうこんな所まで来てしまった。

 

 

 

 

桃を持って帰ってくると

 

「だって君、桃は木にぶら下がってるものだろう?」

と夫は目を見開いて言った。本気でびっくりしているみたいで私はなおさら楽しくなってきた。

 

「あら。そんなにびっくりすること?川の上流に桃の木がなってるのかもしれないわ。」

 

「そうなのかなぁ。」

夫は不安そうに言った。

 

「きっとそうよ。」

私はそう言いながら桃をそそくさと台所に持っていって、包丁で二つにカットした。こんな山里だと桃なんか食べられないし、実は私はその時食い意地が張っていたのかもしれないけど、とにかく食べる気まんまんだった。

 

 

 

 

ここまで話し終えるとお母さんはふうと息をついて、僕を指差した。

 

「その中に入ってたのが、あなた。」

 

「はあ?」

と僕は腑抜けた声を出してしまった。どこがどう繋がってそうなってしまったんだろう?

 

「ごめん。全然話がみえないんだけど。」

 

「だから説明したでしょ。桃を切ったら、小さな赤ん坊が入っててね。桃から生まれたでしょう?もう名前は決まったも同然よね。」

うんうん、と勝手に頷きながらお母さんは僕の動揺なんかちっとも気にしていない。

 

だいたい桃太郎なんて名前はふざけていると思った。家がぼろぼろなのも、学校に通うのに3時間もかかるのも仕方がない。僕は子供じゃないから、そういうことでお母さんやお父さんに不満を言う気はさらさらないのだ。

 

でも名前は、名前だけはちゃんとして欲しかった。「桃太郎」だなんて。僕はもっと「ユウキ」とか「コウヘイ」とか、とにかくもっとまともな名前が良かった。それで名前の由来を問いただしたらこれだ。

 

お母さんはもう立ち上がって台所でコーヒーを淹れたりしている。悔しいけどお母さんのコーヒーは世界一美味しい。料理をしてもコーヒーを淹れても、台所にいるお母さんは一番輝いている。鼻歌でユーミンの「中央フリーウェイ」を歌いながら台所に立つお母さんを見ていると「綺麗だな」と思ってしまう。

 

初夏の涼しげな風が開けっ放しの窓から入ってきて、お母さんの栗色の髪がふわりと浮いた。僕は名前の由来やらを問いただすのを諦めてお母さんに淹れてくれたコーヒーを飲んだ。

 

お母さんが鼻歌まじりにコーヒーを淹れる。僕は一足先にそれを飲む。まるで映画の何気ないワンシーンみたいね。とマイマザーは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする