襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

うなぎのケーキ

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土用の丑である。うなぎの話をしなければならない。

 

普段、さして話題がないと決まってカメラの話になりがちで恐縮である。先ほども「フィルムカメラは味があるっていうけどそれはデジタルが過度に普及して意地になったマイノリティの強がりなのでは」というようなことを書こうと思っていたけれど、こんな自分のフィールドでばかり話をしていると、いつまで経っても視野を広げることができない。

 

 

なので、全く前もって知識を持たない「うなぎ」の話をする。

断っておくけれど、うなぎケーキの話はしない。

 

 

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うなぎといえばやっぱり食べるうなぎである。父親にうな重がベリー美味いお店を教えてもらい、彼女と訪れたのが三ヶ月前。確かにとても美味しかった。確か1700円くらいだったと思う。

今日は土用の丑ということで、母親がうな重を用意してくれた。国産のうなぎなのよ、と母が胸をはる。鹿児島産。先だって中国のチキン工場での事件のニュースを見てから母は食材の出所には一段と厳しくなっている。鹿児島といえば九州の女の子は可愛い。ちょっと目元がキリリとしていて、目尻が高い。人見知りをしなくて、芯がしっかりしている。

 

 

そんなことを考えながら、うなぎをほおばる。ごはんもほおばる。山椒もほおばる。日本人にしかゲット出来ない活力がみなぎってくる感じがする。あくまで感じがするだけであるが。

 

アメリカ人はうなぎを食べるのだろうか。

うなぎって英語でも「UNAGI」なのだろうか。「オモテナシ」とか「モッタイナイ」とか「フジサン」みたいな具合に。でもそんな僕のドラマツルギーは瞬く間に破壊された。まるで風船に包丁を突き刺したみたいに、不可抗力的に音を立てて散り散りになってしまったのだ。

 

 

うなぎは英語で「eel」という。

 

うなぎは生きているときはぬるぬるしている。いや、死んでいるときだってぬるぬるしているのかもしれないが、死んだうなぎを握りしめた経験が僕にはないので詳しいことはわからない。つくづく日本人はネバネバ、ぬるぬる、べたべたした食べ物が好きだ。納豆・オクラ・山芋・そしてうなぎ。

 

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うなぎはどうしてあんなにぬるぬるしているのだろう。あんなに、というのは僕がうなぎを触ったことがあるからである。中学生だかの時に、「ご自由にどうぞ」という張り紙の足下にでかいバケツがあって、何匹もうなぎがひしめいていた。うなぎは本当にぬるぬるしていて、つかみ所がなかった。何が「ご自由にどうぞ」なのかさっぱりわからない。

 

 

うなぎをペットとして飼っている人の話は聞いたことがない。誰も発想しないのだと思う。誰も発想しなかったことを僕がここで発見したということはこれは即ち発明である。愛玩動物のパイオニアとして「ダーヴィンが来た」あたりで紹介してもらえるかもしれない。

 

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しかし、うなぎを買って何が楽しいのだろう?見れば見るほどちっとも可愛くない。

うなぎとの新しい暮らし。

そこには、そこにはきっと「いつか食ってやる」「どうせいつか食うんだろ。土用の丑あたりに。」といった意思疎通が発生する。冷戦である。冷戦であり、平和はない。

 

 

 

 

ぶくぶくと酸素が供給される透明な水槽の底をゆらゆら泳ぎながら、うなぎは壁のカレンダーに目を凝らす。水槽のガラス壁が光を屈折して、外を上手く観察するにはコツがいるのだ。今日死ななかったということは、向こう一年は大丈夫だろう。そう思うとうなぎは少し緊張を解いて、やり残したクロスワードパズルにとりかかったのである。

 

 

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