襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

うなぎのはなしの続き


うなぎは九州の生まれだった。
大きな幸せもない代わりに、悲惨な目に遭うこともなく幼少期、少年時代を送り、理系の大学を出たのちに天気予報士の職についた。

昔から海面を眺めるのが好きだったので、空の色を海面越しに観察しながら明日の天気を予測する仕事は大袈裟にいえば子供の頃からの夢だったと言っていい。

うなぎは種族としてとても希少なこともあり、就職も優遇された。そして、うなぎであるということだけで特別な出世コースが用意されていたのだ。うなぎが優遇されるのは単に希少だからなのではなく、他の魚とは明らかに違う体や生態を、他の魚が怖れているからだということは、うなぎも子供の頃から何と無く察していた。


うなぎは自分がうなぎであるということに驕ることはなかったが、それは本人の謙虚な性格に起因しているのではなくむしろ出世を望まない保守的な性格に寄るものだと誰もが確信していた。
うなぎは結婚こそしなかったが、毎月税金を払い、会社も休むことなく無遅刻無欠席を貫いた。


うなぎは毎朝軽い食事を取り、産経新聞を一通り読み、コーヒーを濃いめに入れて飲み干すと出勤した。そしてだいたい19時ごろまで働き、まるで定規で引いたみたいに真っ直ぐに家に帰った。それがうなぎのライフワークであり、フラットな平和と幸せの象徴だった。均等なリズムだけが彼の精神に安定をもたらした。



うなぎは所謂インテリだったので、自傷癖のあるマンボウや暴走族のようなサケと違って多くのことを知っていた。

海の他に陸があることも知っていたし、陸には魚ではない生き物が住んでいることも知っている。


大学の選択科目ではウミガメ語を専攻していたので、(うなぎはその他にもイソギンチャク語・エイ語が日常会話程度なら支障なく話せた)バーでウミガメを見つけては話しかけ、陸がどのようなものなのかをしきりに聞きたがった。

ただ、ウミガメも海岸までしか出ることはなかったので、海全体の常識として(それはうなぎの常識でもある)陸というのは砂浜が永遠に続いている大地なのだと信じて疑わなかったのだ。





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