襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

友情とか恋愛、長続きの話



昨日、10年の付き合いになる親友がめでたく誕生日を迎え、今年もお祝いをすることが出来た。

10年の付き合いともなると、お互いに似てくるところもあるし、逆に際立って「正反対だなぁ」と思うところも出てくる。そこでわかるのは、考えが似てる似てないとかいう概念は友情の長続きにはあまり関係がないということだ。


彼と長く友達でいれたのは、特別な努力があったわけではない。勝手に10年の月日が経っただけだ。逆に、他の大多数の元クラスメートやらバイト仲間やらはなんとなく疎遠になったりしただけでそこにも特別な理由はない。


親友に対して「これからもずっと友達だよな?!」とか、「どうやったらこれからも仲良くしていけるだろう」と思ったことはない。肩の力を抜いて、これまで通りヘラヘラやっていくつもりだし、ムカつくことがあれば喧嘩すりゃいいと思っている。

あるいはそういう態度が長続きのポイントだったのかもしれない。


しかし恋人となると話は別で、急に「ずっと一緒にいたい!」とか、「どうしたら仲良くい続けられるだろう」とか「冷められたらどないしよ」みたいな発想がむくむくと出てくる。不思議なものだ。無意識のところで肩に力が入ってるのかもしれない。


当然友情と恋愛っていうのは並行して語るべきではないかもしれないけれど、友情が微妙に染み込んだ恋愛感情っていうのは長続きしそうな気配があって良い。

「友達みたいな夫婦」とかさ。そういうの良いよね。




カップルでも喧嘩したら「なんだよあいつムカつく!」と口に出して、カリカリするのに飽きたら仲直りすればいいし、醒めてきたら無理に会うのは辞めて一人で遊びに行ったりして、寂しくなれば会いに行けばいいわさ。相手に不満があれば「それどーなのよ」ってつっかかればいいし、とにかく伝えようとする意思は大事なんだろうな。
それには相手を信用することが必要で、「嫌われたらどうしよう」っていうのは要するに「この程度で自分を嫌ったりするあいつ」を勝手に作り上げて信用してないってことになる。




僕が将来的に友達や恋人に対してそんなに会いたくなくなったり、なんとなく覚めるようなことがあったら、「そういう時期なんだろうよ」と大きく構えてそれが静かに過ぎ去るのを待つだろうと思う。僕は誰かと絶交したことがないし、恋人を振ったこともない。

良くも悪くもそういう姿勢で生きてきたから、いなくなる人は居なくなるし、そばにいてくれる人だけが残ってくれる。




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