襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

老人と駅員のはなし

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国鉄の改札横窓口で、もうかれこれ10分は押し問答をしている老人と駅員がいた。

老人も駅員も困り果てた顔をしており、端から見ると老人が駅員を困らせているようにも見えたし、駅員が老人に意地悪をしているようにも見えた。要するに本当のことは当人にしかわからないように出来ているものなのだ。世の中の大抵のことはそうかもしれない。

 

 

「ですから、切符がないと改札は出られないんですよ。」と駅員は何度も口にした台詞をもう一度言ってみた。

「だから、わしは切符を買ったんだが、落としちまったんだよ。」と返す老人の言葉には噓偽りはないように見られた。老人はひょっとしたら少しボケていたのかもしれない。切符を落とすなんて野暮なことは、このご時世あんまりないことなのだ。

 

 

「切符がないのであれば、同じ料金を払って頂く決まりなんです。」と駅員。

 

「その金がないから、一旦出てな、銀行で金を降ろしてくるんだ。それでアンタもいいだろう?」と疲れた声で老人が言う。

 

「ですから、切符がない方は外に出せないんですよ。」

 

「そんな馬鹿な話があるもんか。」と老人は言った。「切符がない。金もない。ちょっと銀行まで行かせてくれりゃ金を持って戻ってくるんだ。なんて融通のきかない駅員なんだ。」と怒った声を出して威嚇してみる。なしのつぶてだ。

 

「仰りたいことはわかりますが、そうやって一人外に出るのを許してしまうとね、後からみんなが真似しだすのに決まってるんですよ。それで『あの老人は出したのにどうして俺は駄目なんだ』とか言って僕を責めるんです。僕はそういうのは困るんですよ。そういう責任は負えないんです」と駅員は途方に暮れたような顔をして言った。

 

 

「それじゃあこうしよう。あんたがわしに一旦金を貸してくれりゃいい。わしは外に出て、銀行に行く。金をとって戻る。あんたに金を返す。これならルール違反じゃないだろう?」

 

「そうだけど、僕だってお金がないんですよ。」

 

「馬鹿いえ、240円ぽっちどうして持ち歩いてないんだ。」

 

「そりゃ、あなただってそうじゃないですか。」

 

ああいえばこう言う、老人はいよいよ困り果ててしまった。

 

「本当にお金がすっからかんってわけじゃないんだろう?あんた真っ当に駅員をやって賃金を貰ってるんじゃあないのか?」

 

「僕、苦学生なんです。」

 

「お前学生なのか。」

 

「そうです。」駅員はすこし俯いて言った。無意識のうちに自分が社会人であると騙していたような、悪い気持ちになったのかもしれない。それで、老人は駅員が「240円ぽっち」を本当に持っていないことを理解した。240円ぽっちを持たない二人が、改札前でかれこれ20分話しているのだった。

 

 

 

 

ほどなくして昼食休憩を終えた先輩駅員がやってきて、困り果てた駅員と老人の姿をみとめた。事情をきいて納得すると、ポケットの財布から1000円札を取り出して老人に貸してやった。「特例ですよ。」と先輩駅員は言って微笑んだ。老人は感謝して、「すぐ銀行行ってきますんで」といって改札から出て行った。学生駅員は荷が下りたような表情で頭を下げた。

 

 

 

老人はそれから何故か握りしめていた1000円札で煮魚とビールを買って帰り、ささやかな晩餐を楽しんだ。

 

 

 

 

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