襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

恋人と別れたときにFacebookの過去の写真を消すべきか

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彼女が出来て程なくして妹に言われたことがある。

「お兄ちゃんどうしてFacebookで元カノとの写真消してないの?!ありえないんだけど!」

 

 

え、あっ!そういうものなの??とびっくりした。

そういう発想すらなかったのであわててしまった。

 

とりあえず、あからさまにベタベタしてるやつは非表示にしておいて、他の普通に一緒にいた写真は放っておいた。なんというか、彼女と別れたからFacebookから消すっていう行為に違和感をおぼえたからだ。この感じを言語化するのに随分と時間がかかったけれど、ざっくり言うと「日記帳を破ったからといってその日々がなくなったわけじゃない」っていうことなんだ。

写真を消すだけでオーケーだなんて、恋愛ってそんな簡単で粗野なものなの?と思って、違うだろ、と思う。

 

 

 

もちろん、妹が言いたかったのはそういうことじゃない。

今の彼女が僕のFacebookを遡ったときに、それを見たら傷つくでしょ、消したら傷つかないでしょ、ちょっとは気を利かせたら?ってことなんだと思う。

 

その理屈はすげー理解出来たので、前述の通り密着してるやつみたいなのはあらかた消した。でも普通に写ってるのとかは別に良くないか?と思って残しておいた。否、消す作業を端折った。さぼった。

 

 

「自分が恋人のタイムライン遡って元カレとか出て来たらいやでしょーが!」という、「人の身になって考えろ」的な言葉もわかるのだけれど、いずれにせよFacebookに写真がなくても会話の中で元恋人の話題が出てくることだってあるし、世間が狭ければデート中にばったり出くわすことだってあるかもしれない。そういうことが一切なかったとしても僕たちは恋人の昔の恋人のことを考えて、イライラしたり不安になったりする生き物だ。

 

つまり言いたいのは、結局早かれ遅かれ僕たちは恋人の元恋人と対決しなければならず、「どれだけ元恋人が優れていようとも、今傍にいるのは自分。自分の勝ちなのだ。」という結論に達しなければならない。これは超えなければならない恒久的な壁なのだと思う。

 

それに勝利しなければいつまでも会うことはないであろう恋人の元恋人のことを考え、劣等感と猜疑心を背負って生きていかなくちゃいけなくなる。

 

 

選ぶのは自分自身だけれど。

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Facebookで恋人の元恋人が出て来たときの辛さ、いやーな気持ちはお察しする。でも、そこから克服するステップに進まなくちゃいけない。それは本人にしか出来ないことだし、いつか必ず戦わないといけない相手なのだと僕は思う。

もういない残存記憶、恋の亡霊を倒して、劣等感を乗り越えるのだ。