襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

夢を諦める




「これで駄目だったらもうやめにしよう。」っていう考え方がある。願掛けっていうのかな。ちょっと違う気もする。

パチンコとか
気の合わない恋人とか
長年追いかけた、夢とか。




夢は追いかけ続けるか諦めるかだ。どっちにするかは好きにしたら良い。でもどっちを選んでも人生は簡単じゃないことを僕は知っている。


いちばん悲惨なのは、夢を追いかけもせず、諦めもしないことだ。自分だって本気を出せば出来る。子供がいなければ打ち込める。金があればおれだって。時間があれば出来たのかもな…とか。

こういうことに囚われて生きるとなると、「理想とは違う自分」を永遠に突きつけられて生きることになる。だったら全てを投げ出して夢を追うか、断腸の思いでも諦めて生活を守るかを選ぶべきだ。



ここで冒頭に戻る。その、夢を追うか諦めるかをどうやって決めるかっていうのに冒頭の言葉が登場する。


僕は文章を書くのが大好きなんだけど、あんまり才能はないみたいだ。賞とか応募したことはほとんどないんだけど、多分人と比べられたり「ほらやっぱりお前はだめ。不合格」
と言い渡されるのがほんとに怖かったんだと思う。評価に晒されなければ「ほんとは出来る自分」にすがっていられるからね。


そういえば前に高校生の妹の作文の代筆をしたことがあってそれが全国コンテストで6000人中2位だったんだ。いや、大学生が高校生相手になにしてんねんっ感じなんだけど、逆に1位はなんなんだよって頭にきた。
1位の子の作文を読んだけど大したことないじゃんって思ったし、妹も同意見だったよ。


最近になって、ほんとに最近になってなんだけど、「比べられて負けるのが怖い」に対して「おれなら出来る」がちょっとだけ勝ってきたんだ。むくむくと沸き立ってきて、試したくなった。


それで産経新聞のエッセイコンテスト(僕のいちばん得意な分野だ)に応募した。構想に三ヶ月かかった。それでわりと満足の行く文章を書いて、30回くらい書き直して校正して送った。それで、「あー出しきっちゃったな」「これは言い訳のしようもないな」と思った。

これで駄目なら諦めればいいし、諦められなければまた書けばいいと思う。まぁこの記事のとんでもないところはまだ結果が出てないことなんだけど。


そもそもまだこうして一生懸命記事を書いてるあたり、未練がましいというか頑張っちゃってるというか。




結果は三月下旬に出るってさ。





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