襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

新社会人としての意識

 

 

社会人になったとき、まず目に浮かんだのは父と母の顔だった。

いや、別に死んだわけじゃなくて僕の両親は健在なんだけど、

とにかく就職して、入社式を終えたときにふと親の顔が浮かんだ。

ありがとうを言わなければ、と思った。

 

 

入社式の昼食会では、一人一人順番に自己紹介していくんだけど、ただ部署と名前を言うだけだと寂しいから、会社に入ってやりたい夢を語りなさい、と言われた。

ひとりひとりが夢を語っていく。「◯◯部長のようになりたいです!」「もっと会社を大きくしたいです!」「組織を動かす立場になりたいです!」「海外で活躍したいです!」どれも輝かしくて素晴らしい夢だと思った。

 

僕に夢はあるか。

夢ならある。あるけれど、それは「この会社に入って叶えたい夢」じゃない。

僕はこの会社に入って、最終的に何をしたいんだろう...自分の順番がまわってくるまで考えていたら、「最終的に何がしたいか決まってる必要があるのか」という自己保身の考えになってしまった。そのうちに順番がまわってきてしまった。

 

 

「デザイナーの鈴木です。みなさんのような大きな夢はありません。

僕は生まれてから今日までいろんなことがありました。親に育ててもらって、叱られて励まされて、友達も沢山できて、恋もして、成人して、こうして就職もできて。すごく満たされていて、十分です。だからこそこれからは僕が、人の為になりたいと思います。誰かの役にたちたいです。人の為・会社のため・日本のために一生懸命働きたいと思います。宜しくお願いします。」

 

 

みたいなことを言った気がする。夢語ってないじゃんって思われたかもしれない。もしそれが探さなくちゃいけないものなのだとしたら、今から見つけていけばいいじゃんって思う。

 

 

仕事は大変だけど楽しい。必要とされてるのがわかるし、人の為になっている実感がある。人と連携して動くのが部活みたいで面白い。先輩の手伝いでもきっちり片付けられると綺麗なパスが決まったみたいでワクワクする。覚えることが山ほどあって、今はそれすら嬉しい。そんな気持ち。

 

 

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