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襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

天才じゃないと気づいた日に本当の人生がはじまる

 

 

 

子供の頃、自分は天才なんだと信じていて、大きくなったらどんどん優秀になって、夢を叶えたり、あるいは今思いつかないようなスゴい人になっているんだと信じていたという人はいないだろうか?

 

僕はもろにそのクチで、しかもそれが随分長い事続いた。中学時代何の努力もせずに過ごしている間も「自分は本当はすごい」って本気で思っていた。恥ずかしいけれど。

 

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僕の話。

 

高校に入ってコンデジを買って、友達をパチパチ撮っていた。大学に入るときに「ただ、君を愛してる」っていう映画を見て「フィルムカメラやりたい!」と強く思ってその足で中古カメラ屋へ。古いカメラをウインドウごしにずーっと眺めていたら老人が寄ってきて「こんなところのカメラじゃだめだ。おれがちゃんとしたのをやる」と言って「翌日同じ時間にここへ来い」という。

それでホイホイ同じ日に店の前に行ったら老人が車できて、僕にカメラをくれた。Canon EFっていう、1973年製の珍しいカメラだ。ちょうどオイルショックでカメラやら売れなかったんだね。この巡り合わせもなんだか運命っぽいし、それで余計に写真に夢中になった。

 

それでフィルムカメラに傾倒して、幸い美大だったもんで写真の授業も撮ったりして、作品をつくったりもした。一眼レフも手に入れて、とにかくいろんなものを撮った。現像も勉強したし展示もやった。写真部の部長も務めた。

 

 

大学3年生のときに写真スタジオにアルバイトとして入った。結婚式前撮りとか成人式前撮りとかやってるところ。「まぁ一通りできますよ?」みたいな感じだった。

当時の僕の雰囲気を振り返って師匠は

「本当は結構できるけど謙虚だからちゃんと言うこときく俺」だったそうだ。最悪だよね。僕だったらこんなやつ絶対嫌だね。

 

もうとにかくスタジオでは駄目駄目だった。ひどすぎて「お前はもう撮るな」って2ヶ月くらいカメラ取り上げられてた時期もあったし、ごく稀に写真が売れても「良かったねウンコみたいな写真が売れて。」と一蹴される始末。

今その写真を見返すととにかく酷いんだ。独りよがりで自分の幼い感性に寄り掛かってる感じが。

 

そのとき思い知った。"自分は天才なんかじゃない"って。それを真正面から突きつけられた。

写真みたいな正解のない世界だと特にそうなんだけど(絵とか歌も含まれる)、自分に才能があるって思ってる人は伸びない。学びがないから。天才は勝手に伸びるからいいんだけどさ。

 

僕の場合は年齢にすると20くらいのときに「あっおれ天才じゃないんだ!」って気づいた。あまりにも遅すぎる気づきだと自分でも思う。

 

 

でもそのおかげで、その日から僕は努力するようになった。

というか、本当の意味で謙虚になったと思う。「なんて自分はできないんだ」って思って、スタジオで今までは「自分撮りますよ。撮っていいスか。」みたいな態度だったけど、

才能ないからせめてできることしよう!って掃除して、お客さんの対応して、電話をとったり、とにかく出来ることから必死にやった。

 

あと天才じゃないから地味すぎる努力を必死こいてやらないと一向に向上できないことを知った。これも知ったのは20過ぎてから。でも逆にここで気付けて良かった。

30くらいで勘違いから目覚めることを想像すると若干ぞっとする。

 

それでようやく努力することにして、一から質問して、練習して、一生懸命スタジオに残って練習した。そしたらちょこちょこ写真も売れるようになった。

 

師匠に「入った時は自分はそれなりに出来るって思ってたんですけど、僕は自分が凡人だって気づくのが遅すぎたのかもしれないです。」って言ったら「あたしもだよ」って笑ってくれた。

 

それで表題のことを強く考えるようになった。

 

天才じゃないと気づいた日に本当の人生がはじまる

 

 

僕の人生は20から始まった。天才じゃない人生。

これもなかなか悪くない。才能なんか全くないから全部全部自分でやっていく。一歩目から勉強して自分のものにしていかなきゃって思うし、それがなかなか楽しかったりするよ。