襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

人見知らない

 

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友人の展示の為に銀座に行った。

友人はそこにいたのだけれど、先に来ていた他の人と会話していたので遠巻きに挨拶すると、「彼が鈴木くん」って具合に紹介してもらえた。

友人と会話していたのはTくんと言って、僕の中学・高校の同級生だったらしい。らしいというのは、僕の出身校がすごいマンモス校で、卒業式の日だってホールの中の8割は名前も知らない、みたいなことはざらだったんだ。

でも彼は中学で隣のクラス、高校でも隣のクラスで、そう言われてみれば見たことのあるようなないような...。Tくんも僕に対してそういう印象だったみたいだ。

 

友人が「彼は写真をやっていて」と僕を紹介してくれたときに「君ひょっとして」とTくんが声をあげた。

「君、高校の時にも写真撮ってただろう?モノクロの写真で、道路の白線の上に腕時計を置いて撮影したやつ..。あれすごく覚えてるんだけど。」とTくんが言った。

 

僕はしばらく考えて「あれか!」と思い当たった。と同時に驚いた。何しろその写真を撮影したのはかれこれ7年も前のことだったからだ。もちろん、嬉しかった。

 

 

それから僕たちはなんとなくそのまま本屋へ行き、

喫茶店に入って喋り、夜はラーメンを一緒に食べた。

 

 

 

僕はどちらかと言うと人見知りかもしれない。それで人に失礼な態度をとったり、面白くない思いをさせてしまったことも、きっとあるだろう。思い出して顔が熱くなるような出来事だってある。

今回はまさにそうだったんだけど、初対面の人って当然「おれってこういう人でしょ」っていう前提がきかない(逆も然り)ことがあって、話しながら自分のバックグラウンドを説明したり、あるいは相手の話をよりよく聞いたりする必要がある。

このときは、なんというかそれを無意識にフルに稼働させていたように思う。もっと彼のことを知りたい。どんな本を読んでるの?なんのために本を読むの?そうやって入り込んでいくと自然と話は尽きなかった。

 

そもそも社会人になって、新しい人との出会いは激減していたので、こういう風に「歳が近くて友達になりうる人」と新しく出会うっていうこと自体が新しく、それが新鮮だったせいも手伝っているのかもしれないけれど、まぁとにかく楽しい時間を過ごすことができた。彼も少しはそうだといいな。

 

andy0330.hatenablog.com

 

 

先日心の開き方という題材で文章を書いたけれど、今はずっと心が開きっぱなしになっている。閉じてる場合じゃないというか、部屋に出入りしているうちに「このドア意味あるのか」って思って取っ払っちゃったような感覚に似ているかもしれない。

 

君はどんな気持ちだろう。どんなことを考えているだろう。

気を遣うっていうのとはまた違う意味で相手を考えている。こういうことが下手くそで後回しで、僕はいつの間にか人見知りになっていたのだと思った。

 

 

 

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