襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

自分の嫌いなところ

 

 

酔っ払いついでに。自分の好きなところ、よりもよっぽど読みたいでしょ!ふんだ。

自分の嫌いなところ。いっぱいあるよ。直せるかなってところもあるし、厳しいのかもしれないって思うところもある。本当はね。全部直せるのかもしれないね。直せるっていうとビョーキみたいだけどさ。直そうとすることはできるね。なんにしたって。

 

外見のことは仕方ねーよ。本当に気になるなら整形でもすりゃいい。でもまぁ、僕は女性だったとしても整形はしたくないな。否定するわけじゃないよ、でも僕は、朝起きて鏡見て、自分と違ったら嫌だなって。

 

だから外見のことはおいといて。

メンタル弱いなーっていうのは昔から。陸上部の長距離に入ったんだよ。高校入ってすぐ。本気の運動部って入ったことなくてさ。サッカーとかバスケとか、無理じゃん。中学でインハイいってる人とチームなんかできっこないじゃんて思ってたし。

マラソンはさ、まぁ駅伝あったりしたけど、とりあえずは自分との戦いだよ。走ったら走っただけ結果出そうで、憧れて入ったよ。メンタルも鍛えられそうじゃん。あきらめない不屈の精神、みたいな。

 

残念ながら馬鹿やって退部になるんだけど、一応合宿とか経験して、毎週100km走ったりして「こんな自分でもできるんだな」って嬉しかったりして。

 

諦めなくなったりっていうのは出来たけど、今でもメンタル弱いなーって思うよ。人にいじわるされたり、否定されたりっていうのには強いんだけど、意外なところで思いっきり落ち込んだりするんだよね。そのツボが意外で、人には驚かれたりするんだー。

 

23になってメンタルって強くなるのかね。強くなるところもあるし、ならないところもあるんだろうな。うちの祖父が落ち込んだりしてるの見ると、年取るごとに強くなるってわけじゃないんだ。当たり前だな。

 

 

思いやりがないなーって思うよ。

このところ実感するんだけど、すごい愛されてるんだよ。いろんな人からね。お世話になって、迷惑ばっかかけてたバイト先とかから、いてくれて良かったみたいなこと言われると泣くよね。最近そういうこと多いよ。

誰よりも愛されたいって気持ちが強いって思ってたんだけど、愛されてるんだよ。気づいてないだけで。贅沢病だね。

もっと大切にされたり、愛されてること実感したいんだ。今からでもできそうじゃん。そういうのさ。

祖母が認知症になったときショックだったよ。祖父のこと根拠なく疑ってなじったりして、端から見てて虚しかった。馬鹿じゃないの、ちゃんとお祖父ちゃんのこと見てよって言いたかったけどビョーキなんだ。お祖母ちゃんのせいじゃない。

信じれないのも辛いけど、信じれもらえないのはもっと辛いね。

 

愛されてるって自負するのって恥ずかしい感じ。ダサいじゃないけど、何自信持っちゃって。お前のくせにって思ってた。でも愛されてるんなら胸張ってないと嘘だよね。そういうの思いやりだなって思う。気を遣うってのとはちょっと違くて、「大事にされてること自覚できる」ってことだ。

 

 

頭の回転遅いなって思う。鈍感なのかな。言いたいこと言うべきことが出来上がってるときには会話終わっちゃってるだよね。寂しかったりして。だから手紙書くのかな。ちょっと待ってね。まとめるからって感じ。

相手に語弊なく伝えるのに考えすぎちゃうのかな。臆病っていうのとは似てるけど違うかな。ストレートにどん!って急いでやると雑に見えちゃったりさ。相手に寂しい思いさせちゃったりする。そういうときこそ馬鹿だな自分って。難しいなーって思うんだけど、面倒くさいって思うのは相手に失礼だよね。だからしない。頭の回転遅いのはどうすればいいのかわからないけど、思いやりの方でカバーできたらなーって。甘いかな。

 

 

考えすぎーって自分で良くないなって思うよ。考えるのはいいことだけど、例えば相手のことで悩んでたら、ちゃんと相手に相談とかして参加しなくちゃおかしいだろ。

相手のことで考え抜いてるうちに、それって「私の頭の中のあなた」であって、今生きてる相手のことじゃなくなってたり。考えすぎってロクなことないと思うよ。ことに人間関係だったら相手に相談したほうが嬉しいに決まってるじゃん。

 考えるの好きだけどさ。なんのために考えるのかが大前提だよね。考えやすい性格なんだったらせめて物事が少しでもよくなったり、誰かが笑顔になったりする方へ考えよーぜって月並みだけど考えるようになったのは最近のこと。お恥ずかしいから内緒だよ。

 

 

言葉悪いなって思うよ。もう少しフラットにいうと口が悪いってことになるけど、文書が好きなくせにちょっとした選択ミスで相手傷つけちゃったりして。だめじゃんな。

考えて喋ってるつもりなんだけど、要するに甘いんだよな。考えが。「おれたちの仲だからこのくらいいいでしょ」って傲慢になってるのかもしれない。優しい言葉ばっかりかける人になりたいわけじゃないよ。でも、相手がこの言葉受けたらどんな気持ちになるだろうって考えるのがさ、1秒考えて、3秒考えるようになって、会う前から普段から考えられるようになったら超素敵じゃん。

 

 

 

これ全部直してからじゃないとみんなに会えない、なって無理だよな。明日からまた日常は続いていくし、そうじゃないなら精神と時の部屋でも用意してくれって感じだ。

嫌いな自分が一人歩きして(実際には本物の僕が歩いてるんだけど)「それ違うだろー」ってことを度々やらかしてる。

 

でもこれまで書いてるような「ここよくないよね」って気づいてるところもあったりするんだ。直るかは置いといて、自分の嫌なところに気づいて向き合って、なんとかしようって思えたらもう素敵じゃん。なんか。

 

 

 

このブログの副題、「生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ」って、何年も前に考えた言葉なんだけど、これ副題にしたときに「お前らしいな」ってたくさん言ってもらえたんだ。でもこれは僕のことなんかじゃなくて、こうなりたいっていう理想なんだ。いつかなれたらなとか、こういう状態を持続できたらな、とか。ちょっとずつ近づいていきたいって思ってるよ。生命力にあふれてる人になんてなれたら、最高だな。

 

 

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