襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

渋谷が心臓だったなら

 

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今日一緒にいた友人にくだらない記事書いて、と言われたのでお得意の取り留めのない文章を。

 

その友達を渋谷のスクランブル交差点で待ってたんだ。あそこのツタヤ今改装中ですごい地味になってるんだよ。中は普通に営業してるんだけど。ハチ公の岸では憲法9条を守ろう運動みたいなのがやってるんだけどまぁ日常茶飯事だ。

 

平和を訴える人がいて、ソープのティッシュ配りがいて、居酒屋の勧誘がいて、自撮り棒で交差点を撮る外人がいたりして、当たり前の、日常のスクランブル交差点だ。地方の人がきたら、「今日はお祭りでもあるのか」って思うらしい。

 

 

それを本読みながらもぼんやり眺めてて。人の流れって血液みたいだなってふと思った。仕事でも遊びでも学生でも、大抵は同じところに行って帰ってくる。行って帰ってその繰り返しだ。それが群れをなして流れになったときにまるでそれが一つの意思みたいに都市を巡って、都市全体を活性化させてるんだなーとか。

 

そう考えると渋谷駅なんてのは心臓みたいじゃない?ポンプみたいに、あらゆるところから血液が集中して、またそこに留まることなく次の目的地へ行くんだ。指先だかかかとだか、脳だか内臓だか、それぞれの目的地に。

渋谷の行き方はいくらだってある。副都心線、山手線、田園都市線半蔵門線東急東横線埼京線.....。みんな渋谷駅に行きたいんじゃなくて、その渋谷駅を経由して「どこか」に行こうとしている。その意思がある。だからみんなせわしなく歩くんだね。目的地がちゃんとしてるから。

 

血液っていうとスクランブル交差点みたいなのは体内ではありえないから、特有のインフラなんだな。交差点の真ん中で西に行きたい人も東に行きたい人も思いっきり集中して入り乱れるのに、誰もぶつからずになんなくすれ違ってる感じ。異常だと思う。外人がしきりに写真撮ってるのもわかる気がするよ。

 

 

 

だからって良い話があるわけじゃいんだけどさ。気の利いた人だったらここから、だから僕たちは街の一部として立派に機能してるんだね的なことを書いてまとめるんだろうけど、今日はそういうことはしないでおくよ。ただ血液みたいだなーってふと思っただけだからさ。笑

 

 

またね!

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