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襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

雨が好きだった

 

 

外の雨がずいぶん強い。

日曜日のロードレーサーの予定もなくなってしまうかもしれない。

 

 

昔から雨が好きだった。晴れるに越したことないんだけど、雨だっていいじゃんって思ってた。小学校の時、外でドッジボールしたりとかあんまり好きじゃなかったから室内で絵描いたりとか面白い遊び考えたりして過ごしてたんだよね。で、雨になるとさ、昼休みになっても外出れないからいつも外で遊ぶ子たちが退屈するんだよね。「つまんねーっ」ってさ。

そんなときに僕が「これしよう」って言ったりとか、普段遊ばない子と遊んだりあんまり喋らない子と喋ったりして、大富豪の革命っていうのとはさすがに違うけどそういう種類の楽しみは、あったかもしれない。

 

それからこれも子どもの頃からなんだけど、単純に台風とかワクワクしたし、さらに馬鹿っぽい言い方をすると上からなんか降ってくるっていうのが面白かった。大量の水が町全体を洗濯しているようにしか見えなかった。

高校生のときに村上龍の「限りなく透明に近いブルー」っていう小説の中の雨の描写で

「濡れている外は優しい。風景の輪郭は雨粒を乗せて霞み、人間の声や車の音は落ち続ける銀の針に角を削られて届く。」って書いてあって綺麗だなって思った。ここまで情緒的に好きなわけじゃないけど、なんか。

 

 

 

 

 

 

雨は余計なものを洗い流してくれる。

街のほこりは無数の水滴によって拭き取られ、雨が止めば空が澄みわたる。写真が一番綺麗に撮れるのも雨が止んだあとの晴れだ。

梅雨が終わったあとなんか、さっぱり晴れて空気中の水分もほこりやチリなんかちっとも含んでなくて、普段見えない向こうの山が見えたり遠くのビルがやけにくっきり見えたりする。そんなときは東京タワーにでも登ると良いかもしれない。見えなかったものが容易く見えるのが楽しい。

 

雨のあとに全てが新しくなる。それは交換ではなくて更新でなくてはならない。

街も生活も何も変わっちゃいないのに、電柱も住宅も景色も全部生まれ変わったように見える。同じなのに新しい予感を感じる。