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襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

カフェの紙ナフキンは何のためにあるのか

本ブログの真骨頂"日常の細かいことをやみくもに掘り下げまくる" 渾身の一撃 考えてみてえ

 

気の利いたカフェでは(例えばサンマルクカフェでは義務付けられているがドトールタリーズスターバックスでは店員次第)コーヒーを提供する際に紙ナフキンを1枚添えてくれる。この紙ナフキンは実に広い意味合いを含んでいて、考えると深くて面白い。

あなたはどんな使い方をしますか? 

 

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『miu's cafe(ミウズカフェ)』by ごんざえもんの館 : miu’s cafe (ミウズ カフェ)[食べログ]より

 

 

 

 

 

ナフキンは茶道の"ふくさ"が現代で形を変えた究極の形だと思っている。お茶を楽しむ空間という意味においてカフェを巨大な茶室と捉えるのであれば、紙ナフキンは茶室におけるふくさに他ならない。

 

ふくさに比べれば紙ナフキンは肩の力が抜けていて良い。安価で使い捨てというのも現代人の心意気に合致している。

使い方が自由だ。カップはコーヒーを飲むものだしスプーンはかき混ぜるものだが、紙ナフキンは実はこう使いなさいというのが提示されていないので、好きな使い方をして問題ないのだ。

 

 

 

 

基本的に紙ナフキンは四つ折りだ。最初は角を合わせてぴったりと、次にずらすようにして二つ折りにされている。1度目は強度のため、2度目はコンパクト化のためだと考えられる。

 

ずらしてあるのは開きやすくする為で、角を合わせているのは開きづらくする為だ。

だから紙ナフキンは1度目を開くのはOKだけど完全に2度目まで広げてしまうのは品がない。授業中にボールペンをばらばらに分解してしまうような幼さが露見するかもしれない。(だいたいカフェで紙ナフキンをあんなに薄くなるまで開いて何の意味があるのだろう?)

 

 

 

さて、アイスコーヒーを注文した場合、紙ナフキンをコースターのようにグラスの下に敷くのは一見上品だけどあんまり賢明な使い方ではない。

グラス水分によってグラスを持ち上げたときに紙ナフキンがついてきてしまうし、

グラスの汗で紙ナフキンはぐっちょりと濡れて本来テーブルを濡らさないためにやっていたつもりが結果として紙ナフキンの形に机を濡らすことになってしまうからだ。

 

 

それからこれもアイスコーヒーを注文した場合だけど、紙ナフキンをグラスに巻き付けるようにして貼り付けるのは絶対に辞めてほしい。これはおすすめしないとかじゃなくて、マナーとしてアウトなんだ。

 

確かに紙ナフキンをグラスに巻きつければ持ち上げた際に滑り止めになるし、グラスの汗を触らずに済むから一見合理的だ。いや、合理的なのだ。

客からすれば。

 

問題はその後だ。汗で濡れた紙ナフキンのついたグラスは飲み干されたのちに下げ台に返却されるだろう。その間に紙ナフキンは乾燥していってグラスにへばりつくようになる。これが店員にとっては非常に厄介で、再び濡らしても一発で取れるものじゃないし、全部取りきれずに洗浄機にグラスを入れた場合故障の原因になったり他の皿などに付着して異物混入の原因になったりする。

だから、気持ちはわかるけど絶対に辞めてほしい。

 

 

 

 

一番スタンダードな使い方というほどの物ではないけれど、やはりグラスならグラスは机に直置きしてしまって、席を立つときになって紙ナフキンでさっと机を拭くのが良いと思う。見た目も上品だし、次座る人のために席を拭いてから出て行くから上品だと思う。

ちなみに使い終わった紙ナフキンは気兼ねなく飲み終わったグラスの中に入れてしまって良い(氷が大量に入ったり飲み残しがあったとしても)。下げ台にきたグラスの中身は全て三角コーナーに捨てるので、氷は溶けるしゴミはまとめて捨てられるからだ。

 

 

 

 

ナフキンをメモ帳にしてしまうのも洒落ていて結構だと思う。

書き心地が良いとは言えないかもしれないけどもったいなくないし、何かをメモして持ち帰った場合カフェのロゴが入っているので「あのカフェでメモしたものだ」と後で思い出すことができる。

 

あるいは単純に飲んだ飲み物の名前と一言感想を書いて手帳に貼ったり持って帰ったりするのも楽しい。紙ナフキンは珈琲を楽しむ時間に寄り添っているので、そのときの時間が染み込んでしまっているみたいだ。だから紙ナフキンを見るとそのときのことを良く思い出せたりする。本当だよ。

 

 

たまに紙ナフキンに"リラックスした時間をありがとうございました"とか"店員さんの笑顔が素敵でした"みたいな文章を、ちょっとしたイラストを添えて下げ台に残したりする。店員さんは意外と読んでる。読んでるばかりか休憩室に持ち帰って皆で読んだりする。「こういうの嬉しいよね」「どのお客さんだっけ」「これ事務所に貼っとこうよ」と盛り上がったりする。愛のあるイタズラがカウンターの向こう側の勇気付けていたりするのだ。僕はカフェの店員だったけれどこういう光景を見たのは一度や二度ではない。

 

 

 

 

使い方は無限にある。パンくずを零さない為に広げてくず受けにするのも良いし、湿らせて灰皿に入れておいて火消しにするのもありだ(でもあんまりやらないで)

アメリカのカフェでは紙ナフキンはセルフサービスだ。(だから日本のスターバックスもそうなっている)10枚か20枚を使いもしないのにぱっぱと取って口の周りを拭くのに2,3枚使ってあとは全部捨ててしまう。

 

日本は違う。ここは紙の国だ。

日本では紙1枚でやりくりする。それが最高に格好良い。

紙1枚でなんとかしてみせるのは正に日本人スピリットだと僕は思う。

かっこいいじゃん。障子も折り紙も傘も、日本人は紙1枚で知恵を絞って手先を駆使してずっとずっとやってきたのだ。

 

ちょっと最後に趣旨がずれてしまったけど勢いで最後まで言うと日本人ならその1枚で工夫して、上品に席を立ってみせるか周りの誰かをちょっと幸せにするか、自分の生活をちょっと向上させるか、何かしてみせな!ってこと。

 

趣旨を戻してまとめると紙ナフキンの使い方に決まりはないから、自分で模索しながら色々工夫してみると新しい発見があるかもよ。ということだ。

 

読んでくれてありがとう。

明日からまた珈琲ライフを楽しんでください!

 

 

 

 

 

 

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