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襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

子供ができたら

 

 

日曜朝の食卓。

父が新聞を読みながら「間が持たないっていうのは日本語的に誤用で本来は間が持てないが正しいらしい。」と言う。ふうん。面白いと思った。

「食べられる」「食べれる」みたいなら抜き言葉にしてもそうだけど言語ってその時代の人たちが作る言葉だからあんまり「本当は誤用なんだよ」っていうところにこだわっても仕方がないことなのかもしれない。わりと父が「ふーん」って思うことに「ふーん」って思う。息子だから。

 

 

 

夜は地元でお祭りがあって。引っ越してきたから初めて知ったんだけどお祭りがあったんだ。

徳島から阿波踊りの本物の踊り子がきて踊りを披露してた。なんでそんなガチな祭りになるのか謎なんだけど平和連っていう日本が平和であるようにっていう願いをこめて何十年もやってるそうだ。

それに付き添うようにして地元の幼稚園くらいの子供がたどたどしい阿波踊りを一生懸命やっていた。親の前を通る時に手を振っていたら集団に遅れちゃったりしてて。可愛らしい。手を振った先を見たら金髪の土方っぽい兄ちゃんがデレデレで手振り返してて。たまんねえな。

 

 

 

 

子供いいなーって思うことがちまちま増えた。

 

「子供って良いよね純粋だしかわいいし」みたいなのは、あるっちゃあるんだけどスタジオで働いてて子供の暗黒面とか見まくって、あいつら意外と考えててずるいところもあるし大人のことちゃんと見てるんだな(特に女の子)ってところも理解しちゃったんだけど、それでもなお子供っていいなって思う。特に最近は。

そしてマイチャイルドっていう意味の子供いいよねいたら最高だよおれすごい大切にするもんみたいなことを社会的責任も家庭力もほとんどない、あ、いや結婚してないしそれどころか彼女もいないしっていう小生が書きまーす。

 

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こういうことを考えるきっかけとしては

まわりに結婚する人がちょっとだけ出始めたのと、まわりに3、4個年上の女性が多くてそういう話よくするのとか、いろんな原因はあったと思われる。

24、25くらいの女性は「実感わかないしまだ遊びたいかな」っていう人が多いのに26、7くらいの女性が「乗り遅れた」とか言いながら勝手に落ち込んでたりするの見ると女性ってなんて大変なの。

 

 

 

 

いやいや、話逸れまくってるな。子供の話だってば。

 

 

男の子と女の子だったらどっちが欲しいって言うとどっちも欲しい。

一姫二太郎がいいな。でもうちの兄妹はこの世に爆誕してからずっと仲良いから男が先に生まれても仲良くやると思う。おれの子供だよ?きっと仲良くやるって。なんというか、遺伝子的に。

 

でも今から例えば首相が一人っ子政策を始めたとして、絶対に一人しか産めないということになったとして(もう首相何がしたいんだよ!って状況だけど笑)悩んだ末に女の子がいいな。でも男の子もいいよね。あーこういう妄想は誰も傷つかないしいいな笑でも読んでて面白いのかしら。というか誰か読んでるのか?笑

 

女の子なんて10歳過ぎたあたりからパパ嫌ーい臭ーいうざーいってなっちゃうらしいけど本当なんだろうか。でも甘えてばっかりの女の子がちょっとずつそうやって女性になっていくのを見守れるなら、いいな。幸せじゃん。別に洗濯物一緒に洗わないでとかキモいうざいあっち言ってとか言われても娘の将来の為に毎日あくせく働くとか最高じゃん。望むとこだよそんなの。

何かこれだけは守らせたいとかそういうの思いつかないけど、学校で運動部入りなよーって思うな。マネージャーも良いかもしれないけどやっぱり試合とか出たりして仲間と喜びを分かち合ったりして欲しい。そういうのすごい気持ち良いって知ってるから。

試合とか観に行くよ。一眼レフ抱えてさ。嫌がられるだろうなぁ...。あんまり大げさなの持って行ったら本当に嫌われそうだから単焦50mmだけ持ってなんとか...ぶつぶつ。

 

僕の親父が妹の結婚式なんか行くもんかみたいなこと言ってたな昔。泣いちゃうから。

何言ってんだ行かなきゃダメだろってそのときは子供心にガチレスしたけど今ならわかるわ。泣くわ絶対。絶対泣く。

 

 

 

男の子だったら甘やかしはしないだろうが、スパルタみたいなことはしたくないな。

祖父から父へ、父から僕へ結構スパルタだったからその連鎖は僕のところで断ち切っておこーっとっていうのは昔から決めてたんだ。

 

親に引っ叩かれて育ったとして、それをプラスに繋げるかマイナスにしてしまうかは確かに自分次第なところもあるのかもしれない。でも例えそれがプラスに繋がって「あのときは嫌で仕方がなかったけど今は殴られたことに感謝できる」と思っていたとしても、それを子供に振りかざして良い理由にはならないよなーと思っているからだ。

 

どこぞのRADWIMPSみたいだけどできるだけ僕に似てないといい。僕は抜けてるところあるし気が利かないから苦労しそうだ。誰だか知らないけど、嫁さんに似てれば良い。

キャッチボールしなくちゃね。あれって親の夢らしい。自分のボールを息子がキャッチして、息子が投げたボールをキャッチして。ちょっとわかる気がする。

球技なんててんでダメだけど、僕が球技できないから野球もサッカーも知らない子供に育つのは反則だと思う。それなら事前に勉強して、やりたいならできるよって言える子にしてあげたい。

 

息子が大人になって社会人になったら絶対一緒に酒を飲みたい。これはもう本当に。

僕に似たら少なくとも酒豪にはならないだろうが、それでも飲もう。煙草を吸う息子なら付き合っても良い。

 

 

わりと嫁さんと、いい年しても手繋いで映画館とか行きたい派(今作った派閥だ)だから、そういうの露骨に嫌がらない子供がいいな。ちょっとそういうの目の端で捉えながら「いいなああいうの」くらい思ってくれる菩薩メンタルの子供、ペルファボーレ。

 

 

 

そんないもしない子供の話って自嘲しなくもないけど、10年後33歳なら現実的にいるかもなって思うよね。それは普通の感覚でしょう?

10年前中学に入って一生懸命親父にネクタイの結び方習ったの、昨日のことみたいに思い出せるんだ。だから、10年後の今夜子供の寝顔見ながら今日のことを昨日みたいに思い出すかもしれないね。

つまりはそんな具合だ。

 

 

おしまい。

 

 

 

 

 

 

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