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襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

俺のおっぱい

 

 

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近頃は生活がやけに忙しくて、ブログを更新する精神的余裕がちっともなかった。文章を書くことを停滞させると、文章が出て来にくくなってくる。「そうだ、こういう記事を書こう」という意欲もだんだんなくなっていって、まるで病気にかかった犬の尻尾が動かなくなり、足が動かなくなり、やがては内臓が動かなくなってしまうように文章を書く力もまた時間とともに衰え、いずれはなくなってしまう。

 

だからどんな文章であろうと、調子が良かろうと悪かろうと、忙しかろうと暇だろうと、それがウェブ上であろうと日記だろうとレシートの裏だろうと、文章を書き続けたいのであれば文章を書き続けなければならない。そうすることでしか僕たちは文章を書き続けることはできないのだから。だから僕は今日、文章を書くのである。さぁ、語り始めよう。

 

 

 

 

 

俺のおっぱい

 

 

俺のおっぱいについて語らなければならない。あるいは、語るときがきた、とも言えるかもしれない。女性が「私のおっぱい」などという記事なんてほとんど絶対書かないのと同様に、僕にしても「俺のおっぱい」について語ることには抵抗があるし、常識的な恥じらいだってある。それでも語らなければならないのは僕がこの掲題のことについてしばらくの間思案していて、記事にするために温めていたこと(これを"おっぱいを温める"と表現しようとしたけれど読者が離れていきそうなので止す)、また前述のように文章を書かないことで目に見えて文章力が衰えていたことが大きい。さて。

 

 

 

俺のおっぱいというのは、例えば「俺のおっぱい論」とか「俺のおっぱい価値観」というものとは一線を画している。ひたすらに実直にそれは「俺」「の」「おっぱい」の話をするということだというのはわかってほしい。

 

さて、このおっぱいというのは当然僕の胸部に乳房がついているという意味ではない。なぜなら僕はまごうことなき男性的男性だから。ではどういう意味かというと、つまり"遺伝子的に巨乳に生まれる可能性を持っていた"という意味になる。

 

僕は「潜在的巨乳」と呼んでいる。

僕の家系はどうやら女性の胸が大きいので、僕にも遺伝子的にはそれが受け継がれており、"僕が女性だったら巨乳だった可能性が高い"し、"僕の娘は巨乳に生まれる可能性が高い"ということだ。わかってもらえるだろうか。

 

当然僕は男性なので胸はぺったんこで膨らみなんかありゃしないのだけれど、「俺?ああ、潜在的巨乳だけど?」と日常会話で使ったりする。あるいは女性に対して「潜在的には俺の方が巨乳だけどね。」という使い方をする。「俺が女性だったらあんたより巨乳だった」という意味である。

 

 

 

確か小学校の時に「もし違う性別に生まれていたら?」ということについて考える授業があったと思うのだけれど、最近それについてぼんやり考えていた。多分冗談は言い続けてただろうから、でも女性で僕と同じくらい冗談を言いつづける人ってちょっと見たことがないし、あれだけ笑いを取ろうとして生きていたらモテないだろうなぁ...と思う。「お前女だっけ?」って言われたりしそう。

 

 

 

男友達が多くてすごい親しくなるんだけど、色気がないから恋愛関係には発展しない..みたいな。女性に生まれなくてよかった。もちろん女性に生まれたら生まれたで全く僕が歩んできた人生とは違った境遇になるのは間違いないし(なんだかバタフライ・エフェクトみたいな話だ)男性の僕が女性の僕を想像するのはほとんど不可能なので(中性として判断するのであればあるいは少しは公平かもしれない)あれこれ考えてもあまり建設的なアイデアは浮かばないのだけれど、

 

"もし性別が違ったら"

"もし身長が違ったら"

"もしあの国で生まれてたら"

 

みたいなところから違った自分を想像して、それでも変わらないであろう部分ってほんとーの自分なんじゃないの、っていうようなところは考えたかなぁ。

 

目には見えないけれど遺伝子的に、内在的に、潜在的に僕は巨乳であり、男として生まれた以上そのスイッチは発動しないとしても、僕の子供の代で初めて"俺のおっぱい"が証明される日が来るのだろうなと思っている。

 

 

 

おしまい

 

 

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