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襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

商業ブログが釈然としない

 

www.ikedahayato.com

 

「まだ東京で消耗してるの?」という煽り文句でおなじみのイケダハヤトさんのブログを読んだよ!

 

 

ブログの商業化は少し考えたことがあって、(襟を立てた少年をそういう場所にするつもりは一切ないのだけれど)こことは別にブログをつくって、それは就職活動なり新入社員の感想なり、僕なりに提供できるコンテンツを展開できたらお金って入ってくるんじゃないかしら...と画策しているというおはなし。

 

勝機に関していえば、まず僕は文章について友達から支持してもらうことがあるので、少しはわかりやすい文章を書くことに自信があるということ。それから今まで10年以上日記を書いて、2年以上ブログを書いてきたことで"長期的に文章を編み続ける"基礎体力に自信があるという2点ですな。

 

 

 

 

まぁ要するにブログの広告収入で儲けちゃおうぜってことなんだけど、それに対して僕がなぜ躊躇しているのかについて考えました。

 

 

 

  1. お金が入る仕組みを作るのが億劫

 

アフェリエイト?っていうの?

広告をブログに貼って、そこをクリックしたら僕にお金がはいる、というインフラをつくるのに手間がかかりそうなんです。なんでも僕のブログの信頼性だとか、僕の記事が著作権を侵害してないか、他諸々に抵触してないかどうかについての調査が入るみたいだね。そのあたりの登録やらなんやらで1日つぶれそうだなー面倒くさいなあと。

 

あとは、僕は今こうして好き勝手文章を撒き散らしているが、お金に変わる文章を書く以上、プロとして校正を繰り返したり、目に止まるグラフィックを作ったりと1記事をあげるのに手間がかからぁ。

 

  1. 労働っぽい労働してないのにお金を貰うことに対する抵抗

 

この時点ですでに向いてないと思うけどね、広告収入。

古い考え方なんだと自分でも思うんだけど、やっぱり労働に対してお給料がもらえるものなのだという考えは自分の中でも根強い。

 

ブログをカタカタ更新してお金をもらうなんて!

 

、と、なんだか背徳感がなくもない。

イケダハヤトを批判するつもりはないけど、彼自身からあくせく働いているサラリーマンをどこか馬鹿にしている雰囲気が感じられて、それが僕の抵抗の要因になっているのは間違いない。

 

  1. 俺の文章を金にするのって社会に魂売ってるっぽい

 

売れないロックンローラーのようなセリフだけど、「なんだ結局金かよ」みたいな声が読者から聞こえてきそうである。僕の書いた記事が、クリックしたらお金が入るようなリンク・バナーがわさわさしているところにぽんとある状態を考えるとちょっとぞっとするのである。

 

お金なんかいらねえ!おれの歌をきいてくれ!みたいな吟遊詩人っていうか、そういう精神でブログを楽しんできたんじゃないのか!俺よ!という意識は強い。

 

 

  1. 人生経験的に断言できることがあまりに少ない

 

 

以前書いた就活に関する記事はすごい人気でうれしかったのだけれど、その反面「この記事を読んで参考にする就活生がいる以上、一定の責任は僕にも発生するのだな」と思ったのをよく覚えている。

 

たとえば「会議では積極的に発言すべきだ」と書いたとしても、「空気を読んで差し控えたほうがいいこともある」と言われたらその通りだし、こんなふうに"断言できること"って実はそんなにないし、断言するのは勇気がいることなんだよな。

 

それでいながら断言をちっともせずに予防線ばかり貼っているブログの文章なんて読んでいて参考にならないしな。「会議では積極的に発言すべきだが、もちろん空気を読んで発言を差し控えなければならないこともあるのもまた事実なのだなぁ。」なんて文章書いてたら寿命がもったいないじゃないですか。

 

 

 

 

なんてことをつらつら考えつつ。

新しくこことは別にブログを始めることも視野にいれております〜〜

 

おしまい