襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

相手が間違っていてもそれを指摘しない人

 

僕です。

 

 

誤りを誤りのままにしておくという誤りがある。

 

僕はけっこう誤りを誤りのままにしておく性があり、それが人との軋轢を極端に避けたがる僕の性格に起因しているにせよしていないにせよ、僕の人生に対して良い影響と悪い影響を与えたと思う。というか、そもそも人の性質とはおしなべて人生に良い影響と悪い影響の双方をもたらす。もたらすべきだ。

 

冒頭の一行の話に戻るとして、僕は先日の目上の人との会話を思い出す。

我々はロードバイクについての話をしていて、いわゆるオタクと呼ばれている人が自転車のホイールの部分を板状にして、そこにアニメキャラを印刷しているのが許せない、ダサいという話題になった。(ディスクホイールのこと)

 

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http://blogs.yahoo.co.jp/yqyxw632/2684948.html

 

そこで相手の方が仰ったのが「あんなものをつけて遅くなるに決まっているのに、あれでは自転車の本質を見失っている」という非難だった。

しかしこれは誤りで、ディスクホイールとは本来空気抵抗を極限まで抑えてレースで加速するためのテクノロジーなのである。だから僕はそこで

「いや、そうではなくてあれはディスクホイールという代物でして、つけるとむしろ速くなる工夫なのですよ」と訂正するのが普通だと思うのだけれど、僕はそれをせずに看過して「そうですよねえ」などと嘯いていた。

 

これはあまり良いことではないので是非真似しないでいただきたいのだけれど、僕は昔からたまにこういうことをしてしまう。訂正するのが面倒臭いというわけではない。訂正するのが面倒なのであればそもそも僕は積極的に会話なんか鼻からしないだろうと思う。

 

考えてみると、僕は「それは違う」と言ったり、真っ向から意見をぶつけるのが苦手なようなのだ。特に知識が絡むことに関して、僕がたまたま相手よりものを知っていて、「いやそれは違くて...」などと言おうものなら、内心僕が僕に対して「お前よりものを知っているおれ」みたいな意識が見え隠れするような気がしてそれが怖いのである。

 

謙虚な気持ちを忘れたくないなどという高尚なものとは程遠く、「相手より知識的に優位に立って後々仕返しされるのが怖い」といった方が近いが、それもまた違う。とにかく知識量で相手に優位に立つのが気分が悪く、「そんなことも知らないの」と言ったことも思ったこともない。

 

もちろん今回の例をとって言えば、きちんと「それは違います。ディスクホイールといって立派なテクノロジーですよ」と言えば相手にしても誤りを正すことができたはずだし、ある意味において僕は彼のそのチャンスを奪ったことになるので実に良くないことなので、直していきたいという決意表明をして今日の記事の締めにしようと思う。

 

 

 

 

おしまい。読んでくれてありがとう。