襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

人種差別をしたかもしれない

 

先日コンビニにおやつを買いに行ったときのこと。

 

レジの店員さんの喋り方がぎこちなかったので「外国人の方かな」と思って名札を見たらカタカナのやたらと長い名前だったので少し驚き、つい「どちら出身ですか」と聞いてしまった。店員さんは「ウズベキスタン、って知ってますか?」と得意げに聞いてきた。たぶん今までほとんどの人が首を捻ってきただけに「お前もわかるまい」といういたずら心を含めた返しだったのだろう。案の定僕はその国が地球儀のどこにあるのかわからず、「リヒテンシュタインと関係ありますか」みたいなわけのわからない言葉を飲み込み、「わかりません」と答えると「タジキスタンの隣だ」というので埒があかない。結局礼を言って店を後にして、帰ってから世界地図を見た。

(一人暮らしを始めてから家の壁に大きな世界地図を貼っていて、新聞を読むときに役立てている)

 

ウズベキスタンは治安の悪そうなところにあった。

 

インドに近いと言えば一言で済むが、南のほうに目をやるとイラン・イラクパキスタンアフガニスタンがあり、さらに西を見れば陸続きでシリアがあり、トルコもあった。すごいところ出身なんだな。と思った刹那、それは電気信号的な速度で僕の頭に落ちてきた。テロとか怖いところなんだろうな→彼がテロリストだったら怖いな

というアイデアだった。

 

コンビニでウズベキスタン人に会って家に帰ったのは夜のことだったが、いつまでも寝ることが出来なかった。人種差別をずっと忌み嫌っていたつもりでいた自分が、結果として人種差別意識をしっかりと持っていることを見透かされたような出来事だった。

それがあまりにショックで、恥ずかしかった。なんというか、人として。

それは僕個人の心が道徳的に欠落しているというよりは、ウズベキスタンという国を知りもないし浅学さ、無知が不可抗力的に生み出した差別だった。

 

原発避難者に対する「菌」呼ばわりのいじめと、欧米でのイスラム教徒学生に対する「テロリスト」「お前は強制送還される」という心無い言葉に胸を痛めた自分が、実際のところその被害者と同じ根底を持っていたような気がして、ずっと気持ちが沈んだまま、その日を過ごした。

 

おやつは喉を通らなかった。