襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

エッセイを書きたかったのかもしれない

 

エッセイを書きたかったのかもしれない。

 

春の陽気を感じさせる暖かい土曜日、羊毛店で僕はそう思った。

その羊毛店は蔵前と浅草橋の間あたりにある。連れに連れられて店に入ってみると何ともお洒落な空間が広がっていた。何がおしゃれなのかって、当然毛糸が至る所に積んでいるわけだけどその傍にいちいち書籍が何冊が積んである。どうしてこんなところに本が、思って近寄ってみると「羊をめぐる冒険」「羊と鋼の森」「はじめからその話をすればよかった」が並んでいた。なるほど面白いと思ったが「はじめからその話をすればよかった」はどうしてと思い手にとって見ると表紙がヤギの写真だった。徹底している。

 

ところで、「はじめからその話をすればよかった」とは素敵なタイトルだと思う。宮下奈都のエッセイらしい。アマゾンで調べてみると「タイトルに惹かれて読んでみたらすごく平易で面白かった」という声が多く、高評価であったのでそのままポチってしまった。そのとき丁度Kindleを持っていたので電子書籍として落とした。ダウンロードしながらぱらぱらと真ん中あたりを読んでみると(書籍は真ん中が一番中だるみするから価値を図るなら真ん中を読め、と佐藤優も言っていた)「目覚ましのアラームを好きな曲に設定できるので利用している。ロックが好きだけどロックだと目覚めが悪い。かといって優しい曲だと子守唄になってしまって起きれない。だからスピッツを聞いている。」みたいなお話があって、なんというか凄く惹かれた。無糖ヨーグルトのように平易な文章だった。

 

そしてこの一冊の書籍は僕にひとつの啓示を与えた。古代物理学者のアルキメデスは王冠が純粋な金で出来ているか、不純物が混じっているかを調べろと王に命令され、良い方法が思いつかず大浴場に入ったという。(アルキメデスはお風呂が大好きで難問にぶつかると必ず風呂に浸かった)そして自分が浴槽に入ったときに自分の体積分のお湯が溢れるのを見てひらめき、「エウレカ!」と叫び裸のまま大浴場を飛び出したそうだ。

それほどの啓示ではなかったが、ハッとした。僕はエッセイを書きたかったのかもしれないと。

 

エッセイとは、僕の解釈によれば「日常をつらつらと綴る」ことだが筆者によってはこれが無茶苦茶面白い。特に好きなのはさくらももこのエッセイで、これは子供時代のいわゆるちびまる子ちゃんとは関係なく、今を生きているさくらももこのさりげない日常が綴られているものだ。妊娠しているときに夫に「体重グラフ毎日つけてる?」ときかれ、「つけてるよ」と答えたがだめに後から放ったらかしになっていた真っ白な体重グラフに嘘っぱちのグラフをせっせとつくるところとか、「夏休みの小学生かよ」と呆れつつも、なんだか憎めなくてほっとする。そう、人の取るに足らないエッセイってほっとするのだ。

村上春樹だって小説だとヤミクロがどうの、メタフォリックがどうの、レッドへリングがどうのと難解な言葉を使うことが少なくないが、エッセイになってしまえばただのランニングが好きなおっさんである。もちろん良い意味で。

 

決めました。

これからこのブログでもエッセイらしきものを工夫して書いていきたいと思うので、どうか温かい眼差しで見守ってください。自分のブログの方向性を定めるのに、まさか3年もかかるとはね。はてな界隈にはこういう亀足もいるのだよ。にょほほ。

 

おしまーい

 

 

はじめからその話をすればよかった

はじめからその話をすればよかった

 

 

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