襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

求人側から見て自分にどんな価値があるのか

 

今週のお題「新しく始めたいこと」

 

ポートフォリオをつくらなくちゃ。というおはなし。

 

冷や汗の金曜日

花の金曜日はチューハイ片手にネットーサフィンだ。その日僕は「生絞り オレンジ」を飲みながら転職サイト(?)のようなものを徘徊して遊んでいた。システムとしてはまず自分のプロフィールを作成して、それに応じて求人情報を検索するというもの。

別に真剣に転職を考えていたわけではなくて、求人側のベンチャー企業が色々やっていて面白そうだったの。障碍者向けのインフラ事業とか、紙不要の電子決算システムとか。アプリ開発とかそういうのが多い印象だった。デザイナー求人で絞ってみると募集している職種はwebデザイナーやエンジニアが大半。僕は空間デザイナーなので、寸法を出したりレイアウトを考えるのが生業で、HTMLとかC言語とか言われてもさっぱりわからない。つまり結局のところこういったところに求人を出しているベンチャーと僕はあんまり関係がないってこと。まあ遊びで徘徊してるだけだからいいのだ。

 

それで何をしていたかって言うと、プロフィールを作っていた。求人側に見つけてもらうためには素敵なプロフィールを作らなければならない。これは履歴書のもっと実践的なもので「結局お前なんの役に立つの?」というようなものだった。

職歴、資格、言語などの項目があってそれを埋めるたびに「プロフィール完成度」のパーセンテージがあがっていき、求人側の検索で上位に出やすくなるという具合だった。ちなみに僕のプロフィール完成度は25%でした...。とにかくこのプロフィール構築がちっとも進まなくて僕は冷や汗をかいた。「自分はいったい何者なのか」

 

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デザイナーの信用

 

僕はデザイナーだ。デザイナーは消防士とかパイロットとか税理士とは違う。何が違うかと言うとデザイナーには資格がいらないということだ。つまりデザイナーだと誰に認められなくてもデザイナーを名乗ることはできる。裏を返せば、「僕はデザイナーだ」という人間がいても、どこの馬の骨だか知れないということだ。

ではデザイナーをデザイナーたらしめるもの、信用に足るものは何かといえば「ポートフォリオ」と「受賞歴」だ。ポートフォリオとは作品集のことで、今まで自分が製作した作品や、関わった案件の写真と説明を載せることで自分の能力を相手に伝えることが出来る。受賞歴はそのままで、一般公募なりデザイン賞なりで結果を出せばそれは履歴書に載せることが出来るので、受賞歴がそのまま自分の能力の証明になるのだ。

そう考えるとデザインの世界は過酷というか、実力社会だ。結果を出さなければ転職もままならない。僕だって自分が会社を経営する人間で、デザイナーを雇おうと思ったらポートフォリオを持っていて受賞歴がある人間が欲しいに決まっている。その点星野源ってすごいよな。CD出してるし本出してるし演技できるし。ポートフォリオ充実してそう

 

結局プロフィールはちっとも埋まらなかったが、埋められなかったという良い経験ができた。これを埋められるように頑張ろうと舵を切るほど単純な人間ではないが、自分が自立したデザイナーとして好きなところで働きたいと思ったら、雇う側が「彼が欲しい」と思わせるキラリと光る何かが必要なのだろうと思った。プロフィールを埋めながら思ったのは「こういうところには書けないけど、人間性とか、そういうところでも評価してよ」ということだったがこれは敗者の理屈だ。センター試験で凄惨な結果を残した受験生が「おれ人間性は高いのに」って言ってるのと何ら変わりはない。

「こういう環境で働きたいな」と思ったら、そういう環境が欲していそうな人材になるように努力する必要がある。当たり前のことかもしれないけれど僕は昨日ようやく頭で、というか体感的に理解したんだ。

 

まずは、ポートフォリオをつくらなければ。

 

おしまい

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