襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

今この瞬間なんでもいいから一つでも名文を暗唱することが出来ないそこのあなた!

 

「最近の人はそらんじることが出来ない」というようなことを作家の斎藤孝が言った。自分のことをずばり言われたようでどきりとする。そらんじるというのはつまり、物語の名文やことわざ、詩などを何も見ずに口にすることが出来るかということだ。

「例えばあなたは今、何でもいいから名文をそらんじてください、と言われて咄嗟に出来るだろうか」と斎藤孝は続ける。ううん...と考え込んでしまう。

 

最近、その影響を受けたからというわけではないが、百人一首を暗記している。暗記していると言っても3個覚えて2個忘れるような鈍足だが、歌のひとつひとつに沢山の意味が込められているので読んでいてとても楽しい。毎晩シャワーを浴びる前に適当にテキストを開いて1つを覚える。

 

「あまつかぜ 雲の通い路 吹き閉じよ をとめの姿 しばしとどめむ」

 

これを意味と一緒にむにゃむにゃ暗唱しながら着替えを持ってバスルームに行き、シャワーを浴びる。だいたい頭を洗い流すと一緒に歌も流れ落ちてる。

「あきつかぜ?あれ?しばしとどめよ?あれ?」と全裸でうろたえる自分。確かに、そらんじることが出来ない世代なのかもしれぬ。

 

なぜ斎藤孝が「そらんじることが出来ない」と憂いたのかといえば、「引用こそが知性だ」「引用できない人は教養がない」という強い意見を持っているからだ。たとえばキリスト教圏で聖書の一節もそらんじれないとなれば馬鹿だと思われる。逆に、咄嗟のときにソクラテスの名文とかをそらんじることが出来れば尊敬されたりすると。本当か嘘かはわからないけど、確かに大河ドラマや時代劇で武士が論語を引用して殿を説き伏せたりするところを見ると「知性的でかっこいい」と思うし、そういう風に必要な場面でそらんじることが出来る人は教養がある人だと思える。

 

映画『フューリー』のクライマックス、戦車に乗る5人の米兵が300人のドイツ兵を迎え撃つことになり、全員が死を覚悟したときのシーンが印象的だ。

メンバー内唯一のクリスチャンのボイル(砲手)がいつものように聖書の一節を取り上げる。

わたしはまた主の言われる声を聞いた、「わたしはだれをつかわそうか。だれがわれわれのために行くだろうか」。その時わたしは言った、「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください」

http://www.yoshiomaki.com/post-25671/

 

ボイルはクリスチャンなので事あるごとに聖書の引用をしては仲間にウザがられたりからかわれたりしていたのだけれど、このシーンは間違いなく負けて死ぬことが分かっている戦いの前なので誰もが真剣にその一節に耳を傾けた。

そして、今まで聖書の言葉に一度も反応してこなかったボスのウォーダディ軍曹(ブラピ)が「イザヤ節6章...。」とページの箇所を呟くのだ。ここが無茶苦茶かっこいい。振りかざすでもひけらかすでもなく、ただ静かに自分の中に詩を持つ人。教養がにじむ瞬間。そらんじることの強さを感じた瞬間だった。

 

 

別に毎回わざわざ名文をそらんじる必要はない(斎藤孝もあんまりやるとウザがられますよと警告している)のだけれど、自分のお気に入りの詩や名文をいくつか覚えておいて損はないと思う。思えば江戸時代の寺子屋では「ノシタマワク」の文を延々と暗唱させられたり、会津の学校では今でも「ならぬものはならぬものです」の長い戒律をそらんじる習慣があるそうな。身の回りでも百人一首は暗記させられましたという人が多く、そういう学習を九九でしかやってこなかった自分は一抹の焦りを感じるのである!

 

最後に僕のお気に入りの言葉が2つあるのでそれを紹介して記事を終えようと思う。

 

 

 

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エルマーのぼうけんの名翻訳者として知られる渡辺茂男がとある講演でフィクション・物語の重要性について説いた忘れられない一節。

 

「実在しない生き物が子供の心に椅子をつくり、それらが去った後に実在する大切な人を座らせることが出来る。」

 

 

それから、これは知ってる人いるかもしれないけど、ヘルマン・ホイヴェルス「人生の秋に」に収録されている詩。

 

この世の最上のわざは何?
楽しい心で年をとり、
働きたいけれども休み、
しゃべりたいけれども黙り、
失望しそうなときに希望し、
従順に、平静に、おのれの十字架をになう--。
若者が元気いっぱいで神の道をあゆむのを見ても、ねたまず、
人のために働くよりも、けんきょに人の世話になり、
弱って、もはや人のために役だたずとも、親切で柔和であること--。
老いの重荷は神の賜物。
古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために--。
おのれをこの世につなぐくさりを少しずつはずしていくのは、真にえらい仕事--。
こうして何もできなくなれば、それをけんそんに承諾するのだ。
神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ--。
手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。
愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために--。
すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。
「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と--。

 

ヘルマン・ホイヴェルスはドイツ人の神父なんだけど上智大学の学長も務めたことがある。ちなみにこの詩はホイヴェルスが帰国したあとで友人からもらった詩だから、「ホイヴェルス曰く」みたいな使い方をするとすごく恥をかくので注意。

ちなみにこの詩をどこか映画で聞いたことがある人は松坂桃李主演の映画「ツナグ」を見た人だと思う。樹木希林がこの詩を丁寧にそらんじるところがすごく良かったな。

 

 

おしまい

 

 

 

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