襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

「地毛証明書」はまだしも、幼児期の写真を要求とか行き過ぎてて怖い

 

エスカレートする染髪取り締まり、そして地毛証明書

 

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こんな記事を見つけたよ!

 

www.asahi.com

 

そういえば私立の中高に通っていた妹の学校でも地毛証明書の制度はあった。

染髪は不良のやることだから摘発しなければならず、ただそれを摘発するのに「元々茶髪」とか「元々天然パーマ」みたいな人が紛らわしいからきちんと「地毛証明書」に親の印鑑と、あとは幼児の写真を合わせて提出してください。ということなのだろう。

妹の友人もさんざん生活指導の先生に呼び止められて、そのたびに事情を説明して、親に連絡取ってもらったりして、あとはそのことでクラスメイトにからかわれたりして、本当に馬鹿げたシステムだと勝手に憤っている。

 

 

優生思想

 

何というか、うまく言えないけどこれって「差別」だよな。

差別というか...これだと地毛が茶色の子が生きにくいよなぁ。だって「髪の毛が茶髪であるということ」=不良で不適切な行為って言ってるようなものだから肩身が狭い思いをするだろうと思う。

 

「地毛証明書」っていうのがまた胸クソ悪くなる代物で、

1994年のルワンダ大虐殺における出身部族身分証明書だとか、ホロコースト時代のユダヤ人の就労証明書みたいなものを連想させる。今回の場合は特定の容姿が正しくてそうでない容姿は不適切で劣っているという考え方を誘発しかねない。もちろん学ランをきちんと着こなしたり、スカートを短くしすぎないことは時には重要かもしれないが、その「身だしなみ」を、出自や民族性の問題が必ず絡むような容姿に適用する浅はかさみたいなのが我慢ならないんですよ。そのうちアフリカ人のクオーターの子とかが「お前日焼けサロン行ってるだろ、ちょっとこっちこい」と生活指導の先生に呼び止められるような日がくるだろう。あーあー実にバカみたいな話だな。

 

 

 

 

あるいは

「地毛証明書」問題は優生思想から引き起こされる

差別意識の始まりになるかもしれない。

 

優生学という概念は、1883年にイギリス人のゴルトンという人物が提唱しました。ゴルトンは、優生学を「人種の正得的(=先天的)質の改良」を目指す学問と定義しました。ゴルトンは様々な家系のデータを集め、良い形質を持つ人間にはどのような特徴があるのか調べました。優生学は、統計学の手法を用いて良い遺伝的資質を探し出す「科学」として提唱されたのです。

ゴルトンは『種の起源』で有名なダーウィンのいとこです。『種の起源』には、「自然選択」という概念があります。「動物の世界では、環境からの圧力によって、優れた遺伝的特徴を持つものが自然と生き延びていく」という概念です。この概念は、優生学と切っても切れない関係にあります。

優生学者の多くは、「福祉の発達によって、自然選択により淘汰されるはずの弱者が生き延びてしまうこと」に危機感を覚えていました。弱者が増えると、人間の正得的質は悪くなりますし、福祉コストも増していくからです。この現象のことを「逆淘汰現象」といいます。

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 たぶん次の標的は地毛証明書をちゃんと提出した子

 

茶髪・金髪etcの生徒を取り締まることは「茶髪・金髪は悪い」というメッセージを学生全員に発信している。その意識が元々生まれつき茶髪だったり金髪だったりする子に向けられたらどんなことになるだろう。

 

クラスメイトの一人が「おまえ、染めてんじゃねえの?」と一言言った瞬間から、その子のクラスでの立場は一転しないだろうか。僕はそのあたりを非常に危惧している。

 

 

髪の毛で勉強するんでもあるまいし、そんな取るに足らないことにかまけてないで仕事してほしい。というのが僕の本音だけど、都立の学校だと周りの評判だったり学校のブランドの問題もあるし、金髪の不良がいて周りがイメージダウンしたら周りも迷惑するだろうからそうもいかないんだろうけどさ。

 

とはいえ黒髪も悪くないと最後に言っておく

 

染髪も染髪で大したことじゃないんだけどね。

大学時代に教習所に行ってたんだけどどいつもこいつも茶髪と金髪で、黒髪の僕が一番目立ってたよ。金髪なんか反社会的な目立つ為の行為なはずなのに、むしろ地毛でいる僕のほうが反社会的に見えてきちゃったりして居心地悪かったよ(笑)

 

 

おしまい