読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

日本人・ドイツ人の会話の違い (コンテクスト摩擦の解釈)

 

f:id:andy0330:20170504092718j:plain

 

ドイツ人と日本人の話が噛み合ってない場面に遭遇した

もう、傍から見たら言い争っているように見える...。

 

「言いましたよね」「言われてません」

「説明しましたよ」「これじゃわからない」

というような押し問答を延々と続けている。

 

これはもうどっちが悪いとかじゃなくて

「もっとちゃんとお互いに話し合えばいいのになー」と

勝手に思ったりするんだけど、

今回は

どうしてこういうことが起きているのかについて考察してみた。*

僕はGW休暇を河口湖で過ごしていた時にふと思いついた。

「これはコンテクスト摩擦だ」と。

 

 

 

コンテクストとは

コンテクストという言葉がある。

哲学とか文学でよく出てくる言葉なんだけど

 

 

コンテクスト(英: Context)あるいはコンテキストとは、文脈や背景となる分野によってさまざまな用例がある言葉であるが、一般的に文脈(ぶんみゃく)と訳されることが多い。 文脈により「脈絡」、「状況」、「前後関係」、「背景」などとも訳される 

 

コンテクスト - Wikipedia

 

脈絡(context)という訳し方が個人的にはしっくりくるかな。

このコンテクストが強いか・弱いかというのがある程度自分の民族性によって影響を受ける...平たく言えばお国柄のせい

というのが今回の焦点だよ。

ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化という言い方で説明してみますね。

さて、会話において話し手と聞き手がいたときに

 

ハイコンテクスト文化では聞き手に責任がある

 

ローコンテクスト文化では話し手に責任がある

 

という違いがある。ここが重要。

 

 

つまりハイコンテクスト文化においては聞き手に責任があるため、話す側はある程度「適当に」話すことが許されている。「このくらい言わなくてもわかるでしょ?」みたいな。だから話も抽象的ではっきりと物事を言わない。「空気を読む」とか「物事を察する」というのも聞き手の責任だね。きわめて日本的なんですよ。

 

日本はまさにハイコンテクスト文化といえる。島国だから民族も少ないし、生活習慣や文化が似通っているので一から説明しなくても分かり合えるという意識がある。

 

一方ローコンテクスト文化においては話し手に責任がある。その場合一見「当たり前」「言わなくてもわかる」ことでもきちんと説明する必要があるし、話し方が極めて論理的(日本人はこういう話し方をされるとムッとする人が多いみたい。)だ。間違ってることはとことん間違ってると主張するし、議論が好きだ。

 

ドイツはまさにローコンテクスト文化で、様々な民族が出入りして文化的背景がそれぞればらばらなのでちゃんと話し合って「私はこう思う」というのをロジカルに説明し続ける必要があるわけだ。

 

 

わかりやすいリストがあったので引用します。

 

ハイコンテクスト文化
聞き手の能力を期待するあまり下記のような傾向があります。

  • 直接的表現より単純表現や凝った描写を好む
  • 曖昧な表現を好む
  • 多く話さない
  • 論理的飛躍が許される
  • 質疑応答の直接性を重要視しない

ローコンテクスト文化
話し手の責任が重いため下記のような傾向があります。

  • 直接的で解りやすい表現を好む
  • 言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示す
  • 単純でシンプルな理論を好む
  • 明示的な表現を好む
  • 寡黙であることを評価しない
  • 論理的飛躍を好まない
  • 質疑応答では直接的に答える

ハイコンテクストとローコンテクストの違い

 

 

 

以上を踏まえると冒頭の日本人とドイツ人の会話の噛み合わなさの原因が浮き彫りになってくる。

 

 

f:id:andy0330:20170504090201j:plain

http://press.share-wis.com/high-context-and-low-context

 

日本とドイツはコンテクスト的に両極に位置している。

これがコンテクスト摩擦。(僕が今考えた言葉なのでむやみに使わないように)

 

 

結論

 

日本人とドイツ人の会話が噛み合っていなかったのは文化的な違い(ハイコンテクストとローコンテクスト)から生じた言語的な摩擦である。

 

という結論を出してみました。

ぜんぜん違ったらどうしよう(笑)

 

じゃあどうすればいいの、という解決法の話なんだけど、こればかりは歩み寄ってくださいとしか言いようがない...ただ、日本人はずっと鎖国をしていて、あるいはそうでなくても島国なので「外国人」が珍しく、ハイコンテクスト文化が根強い。

「京都ではお茶漬けを出されたら"そろそろ帰ってください"という意味だ」なんて究極のハイコンテクストだ。お茶漬けの話は極端だとしても結構現代日本人もハイコンテクスト文化に甘えて寄りかかっている部分が大きいので、歩み寄るにせよやはりこれからの国際社会においては日本人がグローバルなローコンテクスト文化を学んで理解していく必要があるのではないか。というのが現段階の僕なりの結論です。

 

 

おわりに

相手は自分とは違う人間なので、相手がどんな気持ちなのかどんなことを考えて言葉を話しているのかを考えて想像してみるというのは全国共通の大前提です。(誰しも疎かにしがちで出来ないんだけどね)そうなんだけど、こういった文化的背景・今回でいうコンテクストの概念を知っていれば多国間の会話でも相手を理解する手助けになるのではないかと考える!

 

 

コンテクストの問題は以前執筆した記事の「言語が言語になる前のリキッドな状態」の部分につながるところがあるので今度そのあたりも考えてみたいなあ。

 

andy0330.hatenablog.com

 

 

おしまい

 

 

 

 

広告を非表示にする