襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

購買欲求はプッシュ通知のように

 

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消えないプッシュ通知

パソコンのプッシュ通知をずっと無視している。

アプリのアップデートがあるから許可をすべしという内容のものだが、これに許可をして色々進めていくと再起動やインストールの堂々巡りに巻き込まれ、「インストールのために再起動してください」「インストールのためにはアプリを終了してください」というやりとりを延々とやるはめになる。それでついには無視しているというわけだ。

また、この例でなくても僕がインターネットと接する上でプッシュ通知は切っても切り離せない。ラインがきたとき。Webページの安全性が疑わしいとき。あるいは何かをダウンロードするとき。毎回プッシュ通知が画面に介入してきて何かメッセージを訴えかけてくる。

 

それで今日もこのメッセージが画面に出たまま作業してるんだけど、ふと「これって購買欲求と同じかもな」と思った。購買欲求はプッシュ通知と似ている。

 

あるとき僕が何かを欲しくなるとする。そうだな、今このパソコンがいつ壊れるかビビりながら使っているから、新しいパソコンが欲しいな。

すると僕の現実世界(モニター)に購買欲求(プッシュ通知)が表示されることになる。それは日常生活のあらゆる場面で自己主張をしてきて、「パソコン買わないの?」と何度も訴えてくる。会社でパソコンを打っているとき。カフェでマックブックを開いている人を見たとき。あるいは全然関係ないことを考えているときに「家から近いアップルストアってどこかな」と考えてしまっている自分がいる。

 

自分がどこで何をしていても購買欲求は様々なメッセージに姿をかえて目の前に姿を表せる。「パソコンを買い換えたらもっと凄いことができるようになるよ」「新しいパソコンは使い心地がいいよ」「そのパソコンは古いから今壊れたらデータが消えてしまうよ」といったメッセージはいずれも僕が自分の購買欲求を満たすために作り上げた自分に都合の良いメッセージ=言い訳に過ぎない。

 

パソコンの場合は高額なのですぐに手が出ずに「買ってしまった!」という自体にはなりにくいが、本やCDといった「地味に値が張るもの」のようなものはついぽんと購入してしまうので注意が必要だ。消費行為に対して危機感を持てなくなると、プッシュ通知を自分で管理できなくなってしまうので画面がプッシュ通知まみれになってしまう。「漫画の新刊がでました」「最近カラオケにいっていません」「新しい靴で自分を素敵にみせましょう」「前から欲しかったDVDが中古で出品されています」

と管理できなくなったプッシュ通知は画面を覆い尽くし、要は購買欲求の管理を怠る人は「あれもほしいこれもほしい」から抜け出せなくなり、現実世界が見えなくなってしまう。そして消費にとらわれて「次に欲しいもののために働く人」と化してしまう。

それはとても怖いことだし、存外簡単になれるので身の回りにも必ずいるんだろうな、と思う。

 

プッシュ通知に対してどんなアクションをとるかというのは当然人次第だけれど、せめてプッシュ通知がきて電気信号的に「はい」ボタンを押してしまうのではなく、それがなんのために必要なのか、それを押す必要が本当にあるのかどうかについて冷静に吟味する必要があるのだろうな、と思った。

 

 

おしまい

 

 

 

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