襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

コミュニケーションには3つの種類があるという話

 

 

僕が思うに、コミュニケーションには大きく分けて3つの種類がある。

それは僕の人との関わり方みたいな部分に密接に関わってくると思うのだけれど、なんだか今ならかけそうな気がするので書いておく。多分3部構成くらいで書けば終わる気がする。

 

コミュニケーション。僕は今回これを「喋ること」に限定して思索する。科学的根拠やソースはどこにもない。僕は僕の体験を通じて精一杯考えたことを発表する。

 

さて、とにかく3つを紹介してみる。

 

 

・馴れ合いチャンネル

馴れ合いのチャンネル、というとすごく聞こえが悪いけれど、うまく伝わるのは「馴れ合い」だと思う。ソフトに言い直すなら「親睦」と言い換えられるかもしれない。

親密度をあげたり、あるいは単純に暇だから喋るとか、お互いが絶対に傷つくことがない表面的なやりとりのこと。

 

「こないだ見た番組でさ〜」

「どちら出身なんですか?」

 

 

 

 

 

・情報伝達チャンネル

相手にとって必要なことを正確に伝える事務的なチャンネル。相手に与える印象や言い回しよりも間違いなく伝わることが大切とされる。

「明日9時に駅前に集合だからね」

「こないだの噂、嘘だってよ」

 

 

 

 

・ダイアログチャンネル

議論とか言い合い、話し合いとか。馴れ合いを「会話」と呼ぶなら、僕はこれを「対話」と呼びたい。どうしても適切な日本語が出なかったので「対話」を直訳した。

どこかに行き着く為にお互いに意見を出し合う共同作業。うわべのやり取りでもなければ事務的な情報伝達でもないので自分が傷つく可能性がある。つまり心の刺し合いに発展する可能性を持っているのだけれど必ずしもそんな深刻なものばかりでもなくて、例えば、男子高校生が修学旅行で好きな子を打ち明け合うようなシチュエーションには僕はダイアログを感じる。「私という存在」「あなたという存在」と表現しうるパーソナリティに関わる会話とも言える。

 

 

 

僕はこの「ダイアログチャンネル」に着目したい。

(ちなみにこのダイアログチャンネルという言葉は僕が考えた造語なので、こんな無茶苦茶なフレーズは誰に言っても通じないので注意)

ただその前にこの3つについての理解を深めないことには話が前に進まないので、せっかく分類した3つのチャンネルを使って関係性を語りたい。

 

 

地雷。

夫婦が普通に、和やかに話していたはずなのに相手の地雷を踏んでしまって急に険悪なムードになってしまうシチュエーションは誰でも容易に想像できるのではないか。

 

「いやーここのレストランのオムライスは絶品だな。」

「こっちのハヤシライスも美味しいわよ。並んだ甲斐があったねぇ」

「こんなオムライスなら毎日でも食べられるな。一生食べたいくらいだ。」

「それどういう意味?私の料理ってそんなにまずいの?」

 

こんな具合だ。まあここまでテンプレな会話はないにしても、近しい話の流れで「おや、今まであんなに和やかだったのに雲行きがおかしいゾ」という冷や汗を背中にかいた人は、多分、男性に多い(笑)

この会話について考察する為に冒頭のチャンネルを使って検証してみる。

 

「いやーここのレストランのオムライスは絶品だな。」(馴れ合いc)

「こっちのハヤシライスも美味しいわよ。並んだ甲斐があったねぇ」(馴れ合いc)

「こんなオムライスなら毎日でも食べられる。一生食べたいな。」(馴れ合いc)

「それどういう意味?私の料理ってそんなにまずいの?」(ダイアログc)

 

 

問題は明らかに3行目の「一生食べたい」発言だ。

夫はその前からの会話の流れでオムライスがいかに美味しいかを強調したに過ぎないのだけれど、妻にはそれが自分の普段の料理と比べられたように感じてしまったわけだ。

 

男性としては、というか僕もそうなんだけど、「今まで普通に馴れ合いであんまり頭を使わずにお互い傷つかないような取るに足らない話をしてたんだから、いきなり"お前の料理はまずい"というようなニュアンスを打っ込むわけないだろ。」と唖然とするわけだけれど、もしかしたら女性はダイアログチャンネルの傾向が男性よりも強いのではないかと推察する。

 

女子会とかまさにそうだ。僕は前に女性ばかりの職場で働いていたことがあるのだけれど、そこでの飲み会は一見なんの意味もない、相手を傷つけない「馴れ合いチャンネル」に固定されているように見えて、その実ものすごい濃密な情報伝達とダイアログ的会話が繰り広げられている。フラットに言えば「マジで話してる」感じだ。

比べて男性はダイアログチャンネルが弱い傾向があるのではないかと今ふと思った。

「腹を割って話そう」という言葉は、普段は腹を割らないからそういう言葉が生まれるのだ。女性は最初からマジだ。刺し合い覚悟で自分と相手の気持ちを真剣に観察しながら会話する。機会が男性よりも多いように見受けらえる。

 

 

というところまで考えてみた。

だいたい僕が繰り広げたい考え方のシルエットはご理解いただけただろうか。

次回は(もし書く気力があれば)この3つのチャンネルを使って日常のコミュニケーションのあれこれを思索したい。

 

 

この辺りのアイデアについて読みたいなーとかねがね思っている本はこちら

 

 

対面的: 〈見つめ合い〉の人間学 (単行本)

対面的: 〈見つめ合い〉の人間学 (単行本)

 

 

読んだらこの話にも深みが出るかしら。

 

 

おしまい