襟を立てた少年

まだ間に合う 世界は素晴らしい

脱スマホしました

 

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経緯

 

 

スマホしよう!

と突発的に思った。

 

昔から言い出したらきかないという性格があって、さらにいえば「思った時には行動している」ところがあって、

 

「バックパックしてみよう!」

と言って翌月アメリカを縦断したり

 

andy0330.hatenablog.com

 

「断捨離をしてミニマリストになろう!」

と思って持ち物を200個捨てたり

 

andy0330.hatenablog.com

 

 

親から「危うい」と評されるくらい思いついてからが早い。

そういう訳で今回「脱スマホ」をすることにした。

 

 

 

 

なぜ脱スマホするのか

 

理由は3つある。いずれもスマホの弊害を原因としている。

 

スマホは便利だし楽しい。

 

便利だし楽しいが、それは与えられたものであって勝ち取ったものではない。

受動的であって能動的でない。適切に使えば生活を豊かにしてくれるが、それを上回って、"ついつい"余計なことをして無駄な時間を過ごしてしまう。

 

ネットサーフィン、まとめサイトの徘徊、youtubeのおもしろ動画、ネットショッピングサイト...。

 

人によるだろうが、これが僕にとっては極めて無意味な時間に思えて、それでもやめられない自分に悶々とする....。時間を余計に消費したくないから。これが1つ目の理由。

 

 

 

それからSNSがやばい。

ひとたびインストールしてしまえば、暇さえあればSNSを覗き込んでいる。

 

Twitterでの面白いネタ、癒される動物の動画、話題のこと、友達の出来事....。

 

電車に乗る。

乗った瞬間にスマホを取り出してLINEに何か来ていないか確認。

その後でTwitterをチェック。読んでいないパートを全部読み終わって、興味深いものにはふぁぼをして、面白いものにはリツイートをする。

それからFacebookを開く。友人がバーベキューをしたり、海外旅行の写真をあげているのをひたすらイイねしていく。次はinstagramだ。イイ感じの写真にまたイイねをしていく単純作業。それでも時間があれば読書でもしようかと思うんだけど、そういえばスマホゲーム今日はやってなかったなって思い出してスマホゲームを始める。

電車は進んでいるけれど僕自身は一切前進していない気分だ。SNSでいろんな人と繋がっているような気がするけれど、実際親睦が深まっているかといえば全然そんなことないっておもう。

 

 

常にSNSが気になっている自分がいる。

SNSばかり見ているし、 SNSを見ていない時はSNSが気になっている。

 

 

今「サイピエンス全史」を読んでいるのだけれど、猿人類は「うわさ」を武器にして繁栄して来た経緯があるらしい。「あっちのほうに獲物がたくさんいるぞ」とか「向こうからライオンがくるぞ!」とか伝え合って危機を乗り越えたりより暮らしやすい土地に移動したりして来た。さらに群れが大規模になってくると「あいつはすぐに食料を横取りする。」といった高度なコミュニケーションを取るようになる。

 

そういった250万年前から続く"習性"のようなものが僕たちの間に残っていて–––その習性がSNSの特性に合致していることによって–––SNSに夢中になってしまう。つまりこれはあれだ、性(さが)なんだな。

 

とはいえSNSは獲物がどこにいるのかを教えてくれないし、ライオンがいる場所も教えてくれない。「5000兆円欲しい」「童貞を殺すセーター」とか、SNSに蔓延するバグに意味はない。情報の屑かごだ。このあたりが2つ目。

 

 

それから、スマホは古くなる。

次々に新しいOSが発表されて、その度に取り残されないようにスマホを更新する。

古くなったスマホは新しいOSをインストールできない。そうするとじわじわと色々なアプリが更新できなくなっていき、やがて使えなくなってしまう。

iPhone5iPhone6より劣っている。iPhone7を買った!と思ったらiPhone8が出てしまう。おそらく今iPhone5で自由にいろんなアプリを使おうとしても全くままならないだろう。

 

つまり比べられる。これが3つ目の理由だ。

優劣の際限ない競争に否応無く放り込まれることになる。「自分は人のスマホなんて気にならないから大丈夫です」とはなかなかいかない。OS更新がそれを許さないだろう。

 

スマホ

 

以上のような理由を筆頭にして僕は脱スマホを決意し、

翌週ワイモバイルショップへ赴き、ガラホへと機種変したのだった。

SoftBankのDIGNOという機種だ。

 

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ガラホって知ってる?ガラケースマホでガラホ。

簡単にいうと「ラインができるガラケー」だ。機種変したケータイを箱から取り出してみる。折りたたまれた長方形の物体。すごく懐かしい感触だ。

SIMカードをさして起動する。やけに縦長の画面。物理キーボード。

電池がすげえ持つ。1週間充電せずに使い続けることができる。まあスマホみたいにひっきりなしに見てないからね。もともとガラケーってそのくらい持つものだった気がする。

 

 

 

 

携帯電話。

電話を携帯している久しぶりの感覚。

それから電車に乗って、スマホの時みたいにガラホを開く。

ラインは来ていない。メールも来ていない。他にやることがない....。

 

 

 

まあ、ガラホとはいえ検索はできる。ググれる。

だからどうしてもTwitterをしたくて仕方がなくなったら(そんな時は永遠にこなかった)まずブラウザを起動して、検索窓に"Twitter"と打ち込んで(物理キーで)Twitterにアクセスし、ログインしてタイムラインにアクセスする。

物理キーボードの十字キーをカチカチカチと押してタイムラインを押していく。めんどくせぇ....。

 

 

 

 

 

僕はスマホから脱却して携帯電話を手に入れた。時間を取らない、SNSに巻き込まれない、他人と比べられないストイックな連絡手段として。

 

 

 

おしまい....なんだけど、この後、やはり検索はしたいとか、地図検索はさすがにしたいとか、現代社会を過ごすにおいて不便なところもどんどん出て来て、僕はガラホからまた次のステップへと移行することになる。のだけれど、それはまた今度のお話。

 

 

 

 

おしまい