襟を立てた少年

生きるのが楽しくて楽しくて仕方がない人へ

高い買い物をしたい衝動と戦うあなたへ

今週のお題「今年買ってよかったもの」

 

買わなきゃよかったものばっかだ!コンチクショー!!

 

 

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っていうのはさすがに冗談としてw

けっこう浪費家なところがあって、

僕はシンプルライフに身を置くことで余計なものを買わないように気を付けている。

気を付けてはいるけれど日々やってくる買い物衝動...。それにどう対処しているのかについて書いておく。

 

 

 

高い買い物をしたい衝動

 

特にたまにやってくる「高いもの欲しい」衝動は本当にやばい。

まず何がやばいって、欲しいものがマジで高いんだ。iPhoneXとか10万以上するし、新しいビアンキの自転車は35万する。Beatsのヘッドフォンもいいやつは5万円するし、今欲しいスニーカーは3万はくだらない。

 

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そして同じくらいやばいのが、欲しくなった途端に「なぜそれが必要なのか」という理由を自由自在に生み出してしまうことだ。

 

 

「これがあればこれからもっと便利になるのに」「勉強するのにも使えるし」「っていうか今月めっちゃ頑張ったし!」「売るときに結構高く売れるからすぐ売ればほとんど痛手はないのでは??」「今僕が持ってるのは古いからなぁ....。」「これ買ったら明日から頑張れる気がする」 エトセトラエトセトラ....。

 

 

 

いやいやいや!

 

 

でもいらなくね?

いらないんだよね、本当は。わかってる。

 

だってその衝動がくる前日は全然欲しくなかったんだもん。

それどころか、存在さえ知らなかったりして。だから、買うべきじゃないのはまず間違いない。そんな衝動の理由を信じて高価な買い物をして今でも唯一後悔してないのは.....15万のロードバイクだけかな...。

 

 

 

 

 

高い買い物=それそのものがストレス

 

今ではほとんどのものを手放した。

レコードプレーヤーもノイズキャンセルヘッドフォンもタブレット端末もMac Bookも。

 

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お金がなくなってしまうのを無視しても、高価な買い物は僕にとって無駄な徒労に終わることが多い。まず、「高い金を払う」というストレスがある。

これは、このストレスを快楽に感じちゃってる自分もいる。「こんなに高い買い物しちゃったぜ」っていうドーパミンが出ている感じがする。まさに買い物中毒のそれだ。

 

同時に「こんなにお金使っちゃっていいのかな..」というストレス。頑張って稼いだはずのお金がぽんと音を立てて消失してしまう空しさがやってくる。

 

 

 

 

 

買い物したって決して満たされないこと、知ってるくせに

 

買い物して、消費して幸せになろうとしてるんだけど、

ほんとはほんとは!ほんとうは知ってるんだ。

買い物じゃ幸せになれないって!

 

 

 

 

高度経済成長期の日本だったら、確かに僕たちは買い物で幸せになれただろう。

テレビやエアコンや冷蔵庫がステータスでさ。働いて働いて、その分日本が豊かになる実感があってさ!

 

でも今はそういう時代じゃない。iPhoneXは1週間くらいしか僕たちを豊かにしないし、ものを買うために働くような文化もない。

 

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幸せね。充足感とか。

みんなだって本当はわかってるだろ?

本当はさ、今持ってるものをメンテナンスしたりさ、友人家族とおしゃべりしたり、公園をお散歩したり、趣味に没頭してみたり、応援してるアーティストのCDを心待ちにしたり、新しい趣味を始めたり。

なんか、幸せってそういうことじゃん。

 

 

 

 

これは僕の場合だけなのかもしれないけど、買って1週間するともう興味を失っている自分がいる。僕がしたかったのは「高価な買い物」であって、それそのものがどうしても必要だったわけではない。ただ、買う前には「それがなければ困る!」という言い訳が視界を覆っているので理性で購入を検討する余地すらないのだ。

 

 

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殺し文句「いらなくなったら売ればいいし!」

 

例えば、BOSEノイズキャンセリングヘッドフォン。

数年前の正月にたまたまお金があって、たまたまヨドバシにいて、たまたまBOSEコーナーにいた。このとき脳内に溢れてきた「言い訳ノイズ」は今でも忘れない。

 

 

「そういえば今使ってるイヤホン、もう2年くらい使ってるなぁ..。だいぶへたってきた、ような気がする。」「落ち着いて家で音楽聴くときもイヤホンだと寂しいな。ヘッドフォン一つくらいあってもいいかも。」「これ畳んでケースに入れられるんだ。じゃあ家でも使えるし外でも使えるな!」「そういえば来月旅行だったな。飛行機とかでもノイズキャンセルって結構いいかも。」「ヘッドフォンがないから今まで英語の勉強にはかどらなかったのかもしれない。」「いらなければ売ればいいし!」

 

 

この最後の「いらなければ売ればいい」っていう考え方は本当に曲者で、確かにその通りだっていうのが非常にやっかい。

 

(じゃあ買うなや!)

 

例えば10万円のPCがあったとして、「たけえ」って思うんだけど、後からメルカリか何かで売ってしまえば5万円くらいにはなったりする。そうなるとこのPCって10万円じゃなくて5万円なのでは...??

車だって家だってみんなそうやって買ったり売ったりしてるわけで。これはこれで考え方としては正しい。そして高い買い物ってそういう考え方しないとそもそも買えないような買い物だったりする。

 

 

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でも売るくらいなら買うなよ!!

って言われたらそれまでで。そもそもそうやって売ったり買ったりしてるのにも時間はかかるし、ストレスだってかかってる。そんな商品でお手玉してる時間があったらほかにやるべきことがあるのでは?スニーカーを毎月買って、飽きたらメルカリでせっせと半額くらいで売りさばいたりしてさ、いや、その時間で今持ってる主力の革靴磨こうぜっていう。

 

買い物に夢中になっているときは楽しいのだけれど、僕の経験で言うとそういうときはたいてい今持っているものがおざなりになってる。例えば読みかけの本がたまっており、時計の電池が止まっていて、「いつか修理に出さないとなぁ」って思っていて、部屋は散らかったままだった。

 

 

結論

 

結論っていうか、現状の僕の、買い物衝動に対する最終兵器。

欲しいものが出てきて、も~欲しくて欲しくて仕方がなくなった時。

いろんなそれを買うときの口実が噴出して、あたかも「もうそれ買うしかないじゃん!」ってところまで来たときに自分自身に一言。

「自分に自信がないのでは?」

 

「自分に自信がなくなったときに、それを手っ取り早く穴埋めするために、高価な買い物をするのでは?」

 

自分が頭悪いなぁって落ち込んだ夜に新しいPCが欲しくなるのでは?

おれってかっこ悪いなぁってつらくなった時に新しいスニーカーが欲しくなるのでは?

自分って個性ないなぁって嘆いた瞬間に apple watchのサイトを覗いているのでは?

 

 

 

買い物衝動が出ているときは、間違いなく自分のメンタルに何かが起きている。

海外の絵本にでてくるチーズのように、僕たちにはあちこち穴が開いていて、それを僕たちは気にしてばかりだ。それは身体的特徴だったり、仕事での能力だったり、異性としての魅力だったりする。それにやけに目が行ってしまう瞬間!そのときに、あたかもすぐにそれを埋めてくれそうなものが欲しくなってしまうのではないか。

物質では決して埋められないと、本当はわかっているのに。

 

 

そういうわけで、僕は買い物の衝動にたいしてこう尋ねるんだ。

「でもその欲望って、もとはと言えば自分に自信がないからだよね?

だとして、あなたがするべきなのは買い物ではなくて、今日この瞬間から始める、地味な努力なのでは?」と。

 

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おしまい