襟を立てた少年

まだ間に合う 世界は素晴らしい

自分のやりたいことがわからないのは、自分との対話不足だ

 

 

 

 

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andy0330.hatenablog.com

 

 

このあたりの続きの話をします。

 

 

自分のことをどれだけ知っていますか

 

流動し続ける見通しの悪い未来に対して出来ることの内の1つに「自分について知ること」というのを挙げた。

 

 

 

 

 

 

今の20代のうち50%以上が100歳を迎える時代だ。

これからの長い旅路で、僕たちは「自分」から逃れることは出来ない。

 

 

 

 

 

あなたは喫茶店で僕に言うだろう。

「まだこれから具体的に自分がどうしたいかとか、わからない。」

 

 

どうして自分のことなのにわからないのかと言うと、

自分との対話が出来ていないからだと僕は考えている。

あるいは自分に詳しくない、とも言えるかもしれない。

 

それは仲の悪い兄弟と似ている。

同じ家で暮らしているのにほとんど口をきかない。

傍にいるし、よく知っているつもりだけど、そういえばアイツはどんなときに喜ぶんだっけ?何が好きなんだっけ?と考えれば肝心なことは知らないことばかりだ。

 

自分との対話を定期的に行わないと、普段ルーティーンで生活する自分と、将来的にこういうことをしたい、というアイデアを出す精神の部分が「仲の悪い兄弟」状態に陥る。その結果「まだこれから具体的に自分がどうしたいかとか、わからない。」という台詞が出るに至る。

 

 

 

「自分に出来ることはなんだろう」「自分は本当は何をやりたかったんだっけ?」という自問自答を主体的に繰り返している人は大抵自分に詳しい。言い換えれば、"自分"と仲が良い。

 

 

 

「自分」はどんなものなのか。

 健康の傾向は?関心の対象は?何を知っていて、何を知らないのか?

これから様々なことを学び取り、生き抜くためのバイタリティは足りているのか?

 

 

 

 

andy0330.hatenablog.com

 

 

以前「自分の身体を知ること」と称してフィジカルに焦点を当てて似たような話をしたことがあるが、今回は自分の意識・考えについて自己認識する話をしたい。

 

 

 

 

僕は日記を書くことを推奨する。

 

 

僕の推奨する日記の目的は"自己との対話"になる。

 

本当は紙のノートに書いてほしいけれど、きっと難しいだろうからスマホのメモとか、あるいは非公開のブログをつくってそこに投稿するのでも構わない。

いやーでも本当は紙に書いてほしいな...。手は第二の脳とも言われていて、手で書いた時とケータイ入力したときだと脳の活性度がまったく違うので。

 

 

 

はじめは何でも構わない。

今日あったことをつらつら書いていくのでもいい。

ただ、Twitterだとどうしても文字数に制限があり、考えが細切れになりがちなので、文字数に制限のない環境で日記を書くことをお勧めしたい。

 

 

この段階ではまだ受動的な行為だ。

天気が良かった→嬉しい

上司に怒られた→悔しい

その日にあったことを書き綴る日記は大抵が受動的な内容だ。

自分の身の回りに起こった出来事に対してのリアクションを言葉にしているから当然そうなる。この段階ではまだ自己との対話は出来ていない。

でも、まずは書くことに慣れること。

 

 

 

日記を書くのに慣れてきたら、少しずつ自分について語ってみる。

 

・自分の好きなこと

・好きになったきっかけ

・強く覚えている過去

・自分が「これなら永遠にやっていられる」と思えること

・自分が楽しいと思う瞬間

・自分が許せないこと

・最近関心が湧いたニュース・テーマ・書籍

 

 

こういったことに対して、出来るだけ緻密に書いてみる。

ヒントは「なぜ?」と繰り返し自問すること。この自問する姿勢こそが主体的な状態である。そのとき自分はどう思ったか?なぜそう思ったか?しつこいインタビュアーのように何度も何度も質問を繰り返して深堀りを図る。これが自己との対話である。

 

 

自分のことについて深堀りするのに抵抗があれば、何か気になるニュースについて感じたことを書くのでも良い。それに対して自分がどう思ったか→なぜそう思ったのか→そう思ったことにはどんな背景や記憶が結びついているのかー..。

 

 

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コツとしては、すべて書くことだ。

 

すべてと言うのは「えーっと」とか「なんて言えば良いのかわからないけど」といった言葉も含めて、頭から流れ出た言葉をこぼさずに書き留めることだ。大切なのは何よりまず出す練習。文章の組み立てが無茶苦茶になってしまっても良いので、とにかく書いてみる。

 

 

はじめはうんざりするほど言葉が出ないだろう。蛇口を最大まで捻っているのに「ぽたぽた..」くらいしか落ちてこない日々がしばらく続くだろう。

 

 

言語能力は脳の筋肉なので、1日筋トレをしてもマッチョにならないのと同じだ。継続することによって少しずつ蛇口の開口を広げていくしかない。

 

 

日記を習慣化することによって「自分がどうしたいかわからない」状態から抜け出すこと。それが未来に向けて進む為の一歩だと僕は考えている。

それからのこともあれこれ書きたいけれど、今日はこのあたりで筆をおきたい。

 

 

 

 

 

 

 

つづく