襟を立てた少年

まだ間に合う 世界は素晴らしい

文房具に関しては贅沢品を買っても良い!(全部手書き編)

 

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突然のあとがき

 

蔦屋書店が日本では限定1500本限定の万年筆を発売した。

 

その記事を読みながら、僕は万年筆なんて完全な贅沢品で、そもそもこの現代において文章を書くことそのものが時間と気持ちに余裕のある人がする「贅沢な行為」なのだろうなと思った。しかしSNSでこの限定万年筆について調べてみると多くの人がこの万年筆を追いかけており、おまけに注文が殺到して店頭では手に入らない状態だという。

 

筆記という贅沢な行為、それを逆手にとって、というか開き直って、

むしろ贅沢として筆記を楽しむ。この「むしろ」という部分がなんだか面白くて

記事にすることにした。

 

ところで筆記の素晴らしさ、筆記って意外といいもんだよ、やってごらんよという文章をタイピングで書くのも何だか滑稽だ。「漢字を間違えるのは恥ずかしい」という漢字を間違えるくらいの滑稽さがある。

 

それで今回のように記事を全て筆記しようという運びになった。

そう、この文章は「あとがき」なので記事には含まない、ことにしよう。

 

 

文章を書き終わって、それらを撮影してアップロードして、さらにはてなブログの記事欄に当て込んでいく作業はまた滑稽で、あるいは皮肉的だった。それはわざわざフィルムで撮った写真をスキャナーで読み込んでPCで編集するような回りくどさであった。

 

とはいえ、本文でも書いた通り実験としては面白かったと個人的には思っているので、反響があればまたやってみたいと思う。今更だけどこのブログを読んでいる大半の読者はスマートフォンでこの記事を読むため、もしかしてこの記事を読む人は写真を毎回タップして拡大して読まなければならないのでは?と心配している。

そして、実際その通りなのだと諦めている。なんだか面目ない。

 

そしてもう一つ極めて個人的な弊害を告白すれば、この記事は撮影された画像の集積に過ぎないため、グーグ検索に引っかからないという致命的な弱点がある。

だから...というわけでもないけれど、こうしてあとがきを書いているわけだ。

 

筆記は日常的に行なっているので苦ではないと本文で書いたけれど、不特定多数の人にみられることが前提の肉筆を連続して書くのは骨だった。次はもう少し綺麗な字で書きたいと強がりつつ、今日の文章は綺麗に書く僕の精一杯だったりする。

 

 

 

おしまい