襟を立てた少年

まだ間に合う 世界は素晴らしい

余裕、ありますか?

 

「自分が旅行で買った陶器に自分で作った蕎麦をよそうねん。ほんでそれを眺めて"ああ自分は今余裕あるんや"って思うのが良いねん。」

 

という話を聞いて、素敵な話だと思った。

 

 

余裕。

時間的な余裕とか精神的な余裕とか。

 

現代人に余裕は足りているか?

 

 

 

心地よい余裕はどんな時に感じるのか。

誤解を恐れずにいうなら、キーワードは「無駄」である。

 

無駄なこと。

効率や合理性を追求した時に切り捨てられる部分。これをあえてしている時に人は余裕を感じて、そしてそれを心地よく感じるのではないか。

 

 

昼下がりにのんびり散歩すること。

年配の人と他愛もない雑談をすること。

自分の部屋でギターを抱えて下手くそなアルペジオを爪弾くこと。

 

 

それは無駄な時間だ。

生活する上で必ずしも必要なことではないし、それをする時間があればもっとすべき事があるはずだ。何かを達成するわけでもなければ向上するわけでもない。あるいは誰かを積極的に幸せにするわけでもない自分のための自分の時間。

 

 

あるいは「無駄」を「贅沢」と置き換えてもいい。

なるほど、「余裕」とは「無駄」のことで「贅沢」なのだ。

 

 

 

ホリエモンが「属さない勇気」で「結婚も住宅も車も諦めれば相当なコスト削減になる」とはっきり言っていて「すげえな」と思った。それには遠く及ばないにしても僕も似たような無駄削減をした事がある。それは食事だ。

 

 

完全食COMPという代物がある。

プロテインのようなものだがプロテインではない。サプリメントではなくコンプリメントと呼ばれる。要は、そのドリンクを飲むと1食分に必要な栄養を全て賄う事ができるというのだ。そのドロドロの栄養にはビタミンやらタンパク質やら炭水化物やら、人間が生きていく上で必要なものが余さず全て入っている。だから3食それだけ飲んでいれば健康に生きていく事ができるーという謳い文句だった。

 

僕はこれを飲み続けた時期があった。

これはすごく時間短縮になったし、極めて合理的だった。

 

朝起きてパッケージを開けて、牛乳を注いで飲む。朝食終わり。10秒で済む。

夜帰ってパッケージを開けて、牛乳を注いで飲む。夕食終わり。10秒で済む。

 

 

僕はそれで浮いた時間を読書に当てて、

勉強に当てて、あるいは遊びに行くのに当てた。

 

 

半年くらいでやめてしまったのは体重が減ったからだ。

もともと痩せ型の僕が身長176cmで体重50kgを切った時は「やばい」と思った。階段での息切れが激しく、立ち上がった時にすぐ立ちくらみを起こす。要は、生きて行くのに最低限の栄養であるために、それ以外の余分な動きが許されなくなってしまったのだ。

 

それで僕は完全食COMPを卒業した。

今は普通に食事というある種の「無駄」を楽しんでいるわけだ。

 

 

 

 

おしまい