襟を立てた少年

まだ間に合う 世界は素晴らしい

紀伊国屋の洋書コーナー

 

最近、いつ胸が踊りましたか?

毎日わくわくしながら目を輝かせて生きていたい。

 

 

僕は最近だと

紀伊国屋の洋書コーナーに行った時が一番胸が踊った。

 

 

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新宿の紀伊国屋は新宿南口を出て目の前の横断歩道を渡り、バスタの建物と高島屋を突っ切った先にニトリがあって、その上の階にある。

これが正直ちょっと遠い。

建物が地続きだからそんなに遠い感じはしないのだけれど、高島屋をすぎたところで人通りが激減するので「中心から離れた」感じはする。

 

 

上階にある洋書コーナーへのエレベーターに乗り込み、ドアが閉まる。ドアによって外の喧騒がシャットアウトされると「中心から離れた」感触はますます大きくなる。ほどなくしてエレベーターから出ると瞬間、店内がやけに静かなことに気づく。異世界に飛ばされたのかと思った。

 

その時は仕事終わりに立ち寄った時間帯だったから、今振り返ればそれは当然なのだけれど、誰もいない体育館のような涼しさ、清潔な空気感を強く感じたのが印象深かった。

 

 

話が前後するが僕はそもそも洋書を買いに来た訳ではない。

「こっちにも紀伊国屋あったんだ」程度の気分で寄っただけで、まさかその階全てが洋書しか扱っていないとは思わなかった。

 

そう、その階はフロアそのものが洋書コーナーであったので、本の値札が日本円出なければそこが日本だとわからなかったかもしれない。

なにせフロア内の案内音声も英語が先なのだ。「あと30分で当店は閉店になります。明日の開店は10時となっております。」というようなことを英語でアナウンスされた。

 

 

本当に外国の本屋にいるみたいで面白いな...と思い、とりあえず雑誌コーナーに行ってみることにした。すると雑誌コーナーには先客がいて、30代くらいのメガネのサラリーマンが雑誌を立ち読みしているところだった。

 

「あのサラリーマンは英語が読めるのだ。」と僕は唾を飲んだ。英語をスラスラ読んじゃうのだ。雑誌を軽く手にとってどれどれ、といった具合にページをめくってしまうのだ。それは僕にはできないことで、つまり彼は僕が読めないものを読んで、知れないことを知っているのだ。それは、なかなかショッキングな出来事であった。

 

雑誌コーナーに先客がいたので踵を返してメインの実用書や小説コーナーの本棚の間をそっと歩く。本当に数人の客しかフロアにはいない。外国人はいなくて、どれも日本人だ。おばちゃんとか、お兄さんとか。みんな普通に、本を選ぶみたいに本を選んでいる。僕にとってそれは特殊な光景だった。

 

辺りを見渡す。

どこを見ても洋書、洋書の壁だ。

僕は胸が踊った。

 

ここにある本のほとんどは和訳されておらず、そして僕たちにはそれが容易には読めず、しかしそれらは価値があるから書店に並んでいる。裏側でドル表記されたシールの上から日本円の訂正シールが貼ってある洋書たちはまるで海外の珍しい蝶の標本のようで、どれもが博物館のアクリルケースの向こう側にあるべき貴重なもののように思えた。

 

これだけの、僕の知らない情報がある。

という圧倒的事実を、まるで太陽光線みたいに視覚的に浴びせられて目が眩む。すごい。読みたい。読んで見たい。どんなことが書いてあるんだろう。僕はすらすら英語を読むことができない。もどかしい。

 

本棚のジャングルを一周回ってくると漫画コーナーが目に入る。

漫画も全部洋書だ。ドラゴンボールスラムダンクといった定番が全巻並んでいるが、とある魔術の禁書目録とらドラ!といったラノベ発のコミックも揃っている。さらにワンピースや僕のヒーローアカデミアの新しい巻も出ていて驚かされた。漫画コーナーが、洋書としての新鮮さでアピールしているのではなく、普通に書店の一角として平然と陳列されているのだ。

 

館内アナウンスが再び流れる。あと10分で閉店となるそうだ。

そろそろ出ようかな、と思い、レジを横切ってエレベーターに戻ろうとした時、新聞の平積みが目に入った。

 

僕はそこでちょっとしたお土産気分で「Japantimes alpha」を買ってみた。

300円だった。

 

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奇しくもその新聞の創刊日だった。

ジャンルとしては英字新聞なのだけれど、記事ごとに下に難解な単語の説明が和訳で

ついていて英語読書をサポートしてくれる。また読み進めるとTOEICの問題がちょっと挟まっていたり、完全に和訳が横についている文章もあったりして要は英語学習新聞といったところか。

 

僕は帰りの電車でそれを読んだ。一生懸命読んだ。

会社員になってから英語を勉強していたのである程度は読める。簡単なエッセイであれば辞書がなくても内容が理解できる、僕はその、洋書コーナーで感じた知的な空気を少し切り分けて、この新聞に纏わせて持ち帰ったのだ。

 

この英字新聞を読んでいる時だけ僕はあの洋書コーナーのメンバーになれる。

そんな空想に耽りながら英字新聞を読んだ。

 

 

 

 

おしまい